落日の廃城/10
シュピーンッッッ!
空中から突然、銃弾が鉛色の線を引いて現れた。レンの心臓を撃ち抜く軌跡は、三十七センチの身長差で、リョウカの後頭部に深く鋭く入り込んだ。
「うっ!」
うめき声を上げて、リョウカはレンの腕の中に倒れてゆく。
悪魔に銃弾は向かっていった。それなのに、リョウカは自分へと走ってきて、銃弾を浴びている。レンは両腕でしっかり受け止めながら、鋭利なスミレ色の瞳をあちこちに向ける。
「……どうなっている?」
即死のはずなのに、リョウカは少し苦しそうに息をしながら、
「さっきから敵は私たちに攻撃してない。だけど、私たちは傷を負ってる。それって、私たちと敵の位置が逆になってる。空間が歪んでる。あなたを攻撃したいのなら悪魔。私を攻撃したいのならフローリアだったのよ。ゲホゲホッ……!」
咳き込んだリョウカを、レンは強く抱き寄せた。
「お前、俺のことかばって……」
「ちょっと計算間違ったみたい……」
全体重を預けられたレンは、奥行きがあり少し低めの声で必死に呼びかけたが、
「リョウカ? リョウカ? おい!」
「…………」
彼女の唇が動くことはなかった。レンは左腕だけでリョウカの白いシャツを抱きしめ、ポニーテールの長い髪が不浄な空気の中で力なく揺れる。
拳銃、フロンティアのハンマーをカチカチと押し倒しながら、鋭利なスミレ色の瞳は、自分の腕の中にいる女とそっくりなフローリアに向けられた。
「今救ってやる」
何の躊躇もなく、トリガーは引かれ、
ズバーンッッッ!
銃声が悲鳴を上げ、スミレ色の鋭利な瞳の先で銃弾はどんどん離れていき、フローリアの額を撃ち抜いた。彼女の驚いた顔に赤い血がいくつもの筋を作る。
「うっ! ど、どうして……私を?」
レンは銃を持つ手を脇へ下ろした。フローリアは青白い煙となり、玉座に座る白いローブを着た悪魔へと吸収され、消え去ってゆく。
「悪魔に取り込まれて、自殺した。だから、お前ももう悪魔だ」
心の弱いところに入り込むのが悪の定義。逃れたいのなら自力で抜け出す。墜ちたのは自身の責任なのだから。それを教えてくれたのは、今腕の中にいるリョウカだ。
レンは自分を引き入れようとしている悪魔と一人対峙する。雷光が窓の外を真昼のように染め、ザザーンと雷鳴がとどろいた。
黒いロングコートの腕は銃口を、銀の髪に隠れたこめかみに当てた。
「…………」
ガタガタと手と呼吸が震える。悪魔が話を聞いて、自分との位置を元に戻していたら、完全に自殺だ。引き金を引く指がやけに重く、鋭利なスミレ色の瞳は恐怖で閉じられた。
ズバーンッッッ!
銃声があたりに冴え渡り、レンとリョウカは大理石の上に重い砂袋のように同時に崩れ落ちた――
バリバリ、ズドーンッッッ!
空を引き裂くような音がして、遠くの地震がやってくるような地響きが起き、城はグラグラと揺れ、
「うがぁぁぁぁ〜〜!!!!」
断末魔が雷雨の夜に飛び散った――
*
――集中治療室のホルター心電図は、
ピーーー!
と言ったっきり戻らず、心臓マッサージが行われていた。何の感情も持たない黄緑色の瞳で現実を見つめ、山吹色のボブ髪はかき上げられ、
「ま、そういう終わり方もあるよね」
コレタカの言葉は、人よりもはるかに長い時を生きているような威厳を持っていた。




