落日の廃城/9
――集中治療室は一気に慌ただしくなった。
コレタカの宝石みたいに異様に輝く黄緑色の瞳には、まったく動かない銀の長い前髪がさっきからずっと映っていた。
看護師と医師がレンのまわりに集まっていたが、白衣を着た一人の男が廊下へ出てきた。医師の静かな声が病院の廊下に響く。
「危篤状態です。ご家族にご連絡ください」
「そう」
何の感情もない無機質なまだら模様の声でうなずくと、コレタカは山吹色のボブ髪を両手で大きくかき上げた。ポケットにある携帯電話を触りながら、通話可能なロビーへ戻り出す。
「闇……空間ってこと――」
ちょうどきたエレベーターに、ピンクのスーツは吸い込まれた。
*
乳白色の冷たい大理石と生暖かい血ばかりの視界で、レンとリョウカの耳に、儚げな女の声が急に入り込んだ。
「――レン、助けにくてくれたの? 私はこの悪魔に殺されたのよ」
驚いて顔を上げると、パイプオルガンの前に、白いネグリジェのような服を着た女がいた。リョウカは悪魔を警戒しながら、足を引きずりつつ立ち上がる。
「っ……」
思わず息を飲んだ。まるで鏡でも見ているように、ブラウンの長い髪で、クルミ色の瞳で、背丈も同じ女。彼女の顔は横を向いていて、少し離れたところで立ち上がろうとするレンに優しく微笑んでいた。
「そうして、今もこうして捕まってる。あなたがそばにいてくれたら、私はこの悪魔から解放されるの」
ゴスパンクのロングブーツは片膝を立てて、銃口を向ける。玉座に座る白いローブに。刺し殺しそうな怒りを胸に、レンは天使のような綺麗な顔を歪める。
「っ!」
リョウカはトリガーに当てていた指をはずした。今何が目の前で起きているのか直感して。自分が何をするためにここに一緒に居合わせているのかを理解して。
「な〜に〜? こんなつまらない女を愛してたの? 笑っちゃうわね」
鋭利なスミレ色の瞳から照準は姿を消した。
「どういう意味だ?」
「自分のことを人に頼るなんて、無責任よね。悪魔から解放されるから、結婚して欲しいってせがまれたんじゃないの?」
かなり挑発的な言葉がやってきたが、レンの唇はまったく動かなかった。
「…………」
「答えないってことは図星ってことね」
女――フローリアの声が割って入ってきて、
「嫉妬してる……」
リョウカはあきれた顔をした。
「嫉妬って何?」
「レンを愛してるってこと」
当然というように、フローリアから返事が返ってきたが、バカバカしくなって、リョウカは両手を広げて降参のポーズを取った。
「やっぱりつまらない女ね。人を愛することが相手を想いやることだって知らないなんて……」
レンが何を言われてきたのか、予測が簡単について、リョウカは言葉を続けた。
「どんな理由でも、最後に言動を決めたのはこの女。だから、責任はこの女にあって、あなたにはないのよ」
見た目は似ていようと、中身は天と地ほどの差がある女ふたり。
濃い霧の中でひどい土砂降りで、ただずぶ濡れになって動けずにいたが、一筋の光がレンの心に差した気がした。緊迫した戦闘中なのに、超不機嫌はどこかへ消え失せ、天使のような笑顔を見せた。
「…………」
リョウカはキラキラと輝くスミレ色の瞳を見つけて、呆然とした。
(可愛いいのね……)
ラブロマンスみたいに見つめ合うレンとリョウカ。フローリアは完全に眼中になかったが、雷鳴の音で、リョウカは我に返った。
(っていうか、わかってるわよね? レン、自分が誰を攻撃するべきなのか)
敵に知られるわけにもいかず、どこかずれているクルミ色の瞳は一生懸命、レンに訴えかけていたが、話が通じず、
「どうして微笑んでるの?」
超不機嫌に戻り、レンは火山噴火ボイスを発しようとしたが、
「俺がどうしようと、お前には関係な――」
フローリアに途中でさえぎられた。
「それよりも、早くこの悪魔を殺して」
「…………」
言われるがままに銃口を白いローブの悪魔へ構える男を前にして、
「とんだ茶番だわ――待って!」
リョウカは心の中でため息をつく。
(わかってないじゃない!)
レンが引き金を引く前に、リョウカのロングブーツは真紅の絨毯を走り込んで、
ズバーンッッッ!
降りしきる雨音を引き裂くように銃声が響き渡り、発射された銃弾はもう止められない。いや守るべきものは……。リョウカのブラウンの長い髪は、レンの真正面に立ちはだかった。




