落日の廃城/5
埃ひとつない廊下を見送る。城は少しずつ衰退していったのではなく、いきなり何かが起きて、人々が逃げ出したか、いなくなったようだった。
廊下は突き当たりへとぶつかって、右手に進むしか選択肢がなかった。燭台はきちんとつけられていたが、通路の真ん中で途切れている。とうとう、目的地に到着のようだった。
鋭利なスミレ色の瞳とクルミ色の瞳は一直線に交わって、無言のまましっかりとうなずき合う。今までは前哨戦だ。ここからが本番である。
フロンティアとピースメーカーを取り出し、トリガーに指をかける。リョウカがドアノブに手をかけ、そうっと回す。一秒が一時間にも感じるほど、緊迫した空気――
扉の隙間から真紅の絨毯が顔を出した。次に乳白色の大理石に映る燭台にあるロウソクの炎がオレンジ色の光るモヤをはわせる。
人一人が通れるほどドアが開いたところで、レンとリョウカは銃口を構えたまま中へ押し入った。
どうやらそこは、謁見の間のようで、まっすぐと伸びた絨毯の先では、立派な玉座が空席。両脇の大理石は白が広がるばかりで、誰も立っていない。
ピンと張りつめた空気。時が止まってしまったかのように錯覚するほど、動きのない部屋。ロウソクの炎が舐めるように揺らめくのが、唯一の現在進行形。
奥がかすむほど広く、隅々まで目を凝らして、自分たち以外の存在がないか探そうとすると、突如身を切り裂く刃物のような風が吹き抜けた。
ガジャーンと、耳をつんざくパイプオルガンの不協和音がととどろき、レンとリョウカは思わず耳をふさいだ。
「っ……」
悪魔がこの部屋にいるのは確実だ。油断することなく、目を閉じずに壁一面にそびえ立つ楽器の奏者を見つけた。長い髪をした人物がこちらに背を向けて、玉座の左隣に座っている。
リョウカは引き金に手をかけて、ピースメーカーを素早く構え、両手でしっかりと握り、両足で赤い絨毯の上で噛みしめるように立った。
ビリビリと痺れるような音の風圧は未だ続いていて、それどころか増すばかりで、キリキリと巻き取っていた糸が耐えきれなくなり、切れてしまうような寸前まできていた。
音が突如消え去ると、今度は無音を通り越して、耳鳴りに体の内側がまとわりつくように犯されてゆく。
レンは耐え難い不快感に一瞬目を伏せたが、鋭利なスミレ色の瞳が姿を現すと、真正面の玉座に白いローブを着た人物がいつの間にか座っていた。
手には権威の象徴である王笏。全身白に金糸の刺繍が施されているのに、禍々しさが部屋全体を犯すように漂う。顔は布に覆われていてうかがい知れない。密教の神官という言葉がふさわしい出で立ち。
レンの右手が拳銃のハンマーを引き上げようとした刹那、パイプオルガンから印象的な旋律が流れ出した。
天国から地獄へと真っ逆さまに転がり落ちてゆくようなメロディーライン。音程を変えて数拍遅れで次々に紡がれる追走曲。
針のような輝きを持つ銀髪の奥で、曲名が容易に浮かび上がった。
――バッハ トッカータとフーガ 二短調。
どこかずれているクルミ色の瞳は照準から、パイプオルガンの奏者の背中を捉え、トリガーが引かれた。
ズバーンッッッ!
死の抱擁のような旋律を引き裂いて、弾丸は向かってゆく軌跡を横へ追い越すように、玉座から入り口の扉前に立っていたレンのすらっとした体躯に、横殴りの真っ黒な雨のようなカラスの群れが飛んでゆき、パイプオルガンも銃声もかき消した。
硝煙が上がるほんの短い間。髪の長い奏者は振り向かなかったが、リョウカの左肩に激痛が走った。
「つっ……!」
拳銃を持ったままの手で、リョウカは肩を抑えようとする。その左隣で、レンがフロンティアを鋭利なスミレ色の瞳と同じ位置で構え、引き金を引いた。
ズバーンッッッ!
二番目の銃声は、カラスの群れに突っ込んでゆく。銃弾はみるみる銀の長い髪から離れ、白いローブの悪魔へと向かい、赤い目をしたカラスの群れをハリケーンのように巻き込み押しのけ飛んでゆく。
だが、逆再生した煙のように、カラスも銃弾も何もかもが悪魔へと引き寄せられ、フェイドアウトした。次の瞬間、




