落日の廃城/1
夜行列車から降りて、廃線となった路面電車の改札前を通り過ぎると、レンとリョウカの眼前に、赤い月明かりを浴びて血の海に沈んだような街並みが広がった。
雨に濡れた闇光りするアスファルトの両脇に立ち並ぶ、壁や天井が崩れ落ちた大きな建物たち。以前は十分に繁栄した大都市だったのかもしれない。
物音ひとつせず、人の気配もまったくない。路面に埋め込まれた線路をたどる、レンとリョウカがそれぞれ履くロングブーツの歩くかかとの音が響くだけ。彼らの足元低くには、蒸気が霧のように白く染めていた。
枯れた街路樹、バス停をいくつも見送るメインストリート。泥汚れと錆に腐食された店の看板の失脚した群れ。レストランに本屋、デパートに映画館。デートするにはうってつけの通りだった、街がきちんと機能していれば。
うちしがれた街並みに変わったのが不思議なほど、きれいに整備され、奥へと続く細い路地たちもおしゃれな軒並みだったのが容易に想像できた。国境近くだが、地方都市として繁栄していてもおかしくはなかった。
レンとリョウカは夜行列車を降りてからは何も話さないまま。歩く風圧でひるがえる黒のロングコートを、ミニスカートのプリーツが早足で追いかけるを繰り返していた。
侵入防止策もないふたつ目の改札横を通り過ぎながら、リョウカは星が瞬く空の下にぶちまけられた瓦礫の山の街並みを見渡す。
「誰もいない。家もない。何だか置き去りの土地って感じね」
重くまとわりつくような悪魔も襲ってくることはなく、静寂があたりを満たしていた。靴底が砂を嚙むようなジャリジャリという音に耳を傾けながら、彼女の言葉がやけに引っかかり、レンの脳裏に同じ言葉がぐるぐると回る。
置き去り。置き去り置き去り。置き去り置き去り置き去り。置き去り置き去り置き去り置き去り……。
前に何らかの関係があった、ということだ。まただ、覚えがないのに知っていることは。鋭利なスミレ色の瞳は通りの両脇を眺める。
(こんな街並みは知らない)
そして、すぐに否定の一途をたどる。
(いや知っている……)
あの傾いてしまったデパートの看板も、映画館の入り口もどこかで見た。朝起きた時から続いている、この奇妙な感覚は一体何なのだ。
答えが出ない。レンはイラついて、道端の石ころを足で遠くへ蹴った。水切りするように、ピョンピョンと跳ねながら遠ざかってゆく。
後ろからついてきていたリョウカは、彼の奇怪な行動を眺めていたが、やがて、あっけらかんとした感じで、
「ねぇ? 名前教えてくれない?」
また、知っている知っていないの話なのか。振り返ったレンは今や鬼の形相だった。
「知っているだろう」
朝自分の部屋に押しかけておいて、どうやってきたのだ。どう考えもおかしい。だが、リョウカは片手のひらを星空へ向けて、お手上げみたいな仕草をする。
「ちょっとした記憶喪失なのかしら? 知ってるはずなのにね。覚えてないのよ」
この女も自分と同じように記憶がない……。そうなると、行き先は盲目という名の死出の旅路。だが、長年の経験という勘が言う。進めと。
細かいことはどうでもいい。レンは前へ向き直って、湿った夜風に彼の奥行きがある少し低めの声が混じった。
「レン ディストピュアだ――」
今度はリョウカの脳裏で何かが引っかかった。腰に手を当てぼんやりする。
「そう。どこかで聞いたことがあるわね。どこでだったかしら?」
まただ。知らないはずなのに知っている。レンはこれ以上言葉が火山噴火しないように、放置したままどんどん歩き出した。
「…………」
リョウカはしばらく頭を悩ませていたが、はるか遠くを歩いているレンに気づいて、慌てて小走りになった。
「ちょっと待ってよ〜、置いていくなんて」
「お前がもたもたしているからだ」
結局、レンは火山噴火を起こし、まわりに積み重なっていた瓦礫が、衝撃でガラガラと少しだけ崩れ落ちた。




