月夜の幻想曲(ファンタジア)/4
闇色を向こうにする窓に映る鋭利なスミレ色の瞳は、街灯の明かりが近づくと消えて、通り過ぎるとまたガラスに現れてを繰り返している。
ガタンゴトンと列車が線路を走る音に身を任せながら、レンは自分の瞳を見返す。
二十二時過ぎの下りの最終列車。カスルディカ城に一番近い駅へ着くのは、夜中の二時過ぎ。翌朝になるまでは、戻る電車はない。
夜行列車で、途中停車する駅はたったひとつ。それ以外は二時間近く走り続けている。ある意味、牢獄のような列車。
同じ車両には誰も乗っていないようで、通路を人が通ったのを見ていない。誰もいないはずなのに、視線を感じる空間。おかしい。いやそもそも乗る時から変だった。違う。その前からだ。
――屋上での、G線上のアリア。最後の伸びきった音の余韻から目覚めると、あの雨が窓ガラスを叩く部屋に戻っていたのだ。ヴァイオリンはどこにもなかった。手にはフロンティアが握られていた。
屋上に立つ前は昼過ぎだった。だが、ヴァイオリンを弾いた時間帯は月が昇っていた。部屋の時計は二十一時過ぎ。いなくなったはずのリョウカは戻ってきていて、彼女と一緒に駅へと向かった。
街明かりを雨で濡れた鈍色に染める石畳の路上で、タクシーを拾った。ふたりで乗り込み、当然の問いかけが運転手からかけられる。
「お客さん、どちらまで?」
やけに滑舌がよくなく、独りよがりな声だった。リョウカは気にした様子もなく、レンを右にして、シートの上でロングブーツの足を組んだ。
「駅までお願い」
「はい」
交通量の少ない道路をタクシーは走り出した。街灯が時々車内を照らしては、消え去ってゆく。
「これからふたりでお出かけですか?」
「そうよ」
リョウカは車窓から細い路地を何本も見送る。その反対で、対向車のライトの川を射るように見ている、レンの鋭利なスミレ色の瞳。運転手からは別々の方向を眺めているふたりがバックミラー越しに映っていた。
「最終列車に乗って、お楽しみですか?」
「そうね。朝までふたりきりで何もないなんてあり得ないわね」
「お姉さんもお好きで……。うへへへへへ……」
「人生はそのためにあるんじゃないかしら?」
この女はすぐに話を猥褻に持っていく。節度というものはないのか。レンはイラっとして何か言ってやろうとした。
「っ……」
だが、リョウカとは反対にある右手首を彼女につかまれた。タクシーの後部座席という死角で、どさくさ紛れで自分に触れてくるとは、にらみつけてやろうと思った。
しかし、彼女の様子がおかしかった。自分をまったく見ていないのである。窓の外を眺めたままで、手だけを伸ばしてきているのだ。運転手と彼女の話はまだ続いている。
「いや〜、そういうお姉さんはなかなかいませんよ」
「あら? そう?」
ガラス越しにリョウカとレンの視線が合うと、彼女は振り向きもせず、目線を左から右――外から車内へと送ってきた。
レンは車窓から景色を眺めるふりをして、ブラウンの長い髪から、運転手の顔半分が映るバックミラーを通り越す。
リョウカに押し付けられたままの手のひらには、拳銃、フロンティア シックス シューターのグリップが、隠していたロングコートからはみ出していた。
走行音に紛れて、ハンマーをカチカチと起こしてゆく。ギリギリいっぱいまで引き終わると同時に、タクシーは赤信号で止まった。バックミラーに映らない後部座席の右側から、無感情に銃口をシートのヘッドまで上げて、トリガーを引く。シングルアクション。
ズバーンッッッ!
シートを貫通して、フロントガラスで銃弾が止まる。頭部炸裂の即死。血が出るわけでもなく、ただ真っ黒な蛆虫の山に変わった。




