表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
神の旋律
926/962

雨とバッハ/3

 つけっ放しにしたままのスピーカーから、聖なる歌声が神に祈りを捧げるように流れ出した曲。そこに混じる雑音としか言いようのない、女の声。


 しかも、シャワーを浴びようとしているのに、自分の行く手を邪魔する女。天使のような綺麗な顔は怒りで歪み、視線などくれてやるかと、見向きもせず放置しようとした。


「Herr, unser Herrscher, dessen Ruhm……」


 歌詞は何度も聞き覚えがあるのに、


「ねぇ? 開けてよ!」


 ドアの外から聞こえてくる女の声は、どんなに記憶を掘り返しても、自分とは関係ないものだった。鍵はかけてある。自分の性格なら絶対にそうだ。


 レンは返事を返す義理がないと言ったように、バスルームのドアを開けて中へ普通に入っていた。


「開けてってば!」


 女の叫び声だけが虚しく響く。だが、ドアをノックする音はさっきからまったくしない。蹴破ってきそうな勢いで大声を張り上げているのに。


「勝手に開けるわよ!」


 最後通告を言い渡すと、


 ドカーン!


 という爆音とともに、ドアは中に勢いよく押し入れられた。


「もう」


 両手でスーパーの茶色い紙袋を抱えていたが、その中から衝撃でオレンジがコロコロと床に転がり出た。どこかずれているクルミ色の瞳、ブラウンの長い髪はポニーテル。


「ドア、蹴って開けたわよ!」


 バイオレンスに強行突破してきた女。動きやすさ重視の膝までのロングブーツは遠慮なしに、玄関のドアを後ろ足で蹴り閉め、すらっとした長身の男を探す。


「あら? いないの〜? いるって聞いたからきたんだけど……」


 白のシャツは襟元からボタン三つも開け切っていて、左右に体をねじるたび、胸の谷間の線が強く描かれる。


「どうなっちゃってるのかし――」


 そこで、雨音に別の水の音が混じってきた。レンがさっき入っていったバスルームの扉前で、女のプリーツ入りミニスカートが立ち止まる。


「あぁ、シャワー浴びてるのね」


 荷物でよく前が見えないながらも、ダイニングテーブルへと近づいて、


「それじゃ、出られなくても仕方ないわね」


 両手に持っていた茶色の紙袋をどさっと下ろした。


「よいしょっと!」


 電子レンジ用のラザニアやプレッツェルの袋が、几帳面に整えられたテーブルの上になだれ落ちる。


 玄関近くにまだ転がっているオレンジを拾いに、ロングブーツは戻り、膝も曲げずに片足を後ろへ床と水平に伸ばしかがむ。


 すると、太ももの内側から、拳銃ピースメーカーのグリップと下着が顔をのぞかせた。


 土足で歩く床の汚れがついたオレンジを袖で拭き、テーブルの上に置くと、女はソプラノとストリングスの調べに気づいた。


「音楽……」


 少しだけ振り返ると、青く光るイコライザーが高く伸びたり短くなったりを繰り返している。


 聞いたこともないクラシック曲。オレンジを手のひらでポンポンと投げ弄びながら、一段と雨音が強くなった窓際へとやってきた。


「あいにくの天気ね〜」 


 女のミニスカートのすぐ脇には、ベッドサイドに置いてあるイヤリングがあったが、彼女は気づいていないのか、ただただ激しい雨を眺める。


 外は雨。玄関のドアから買い物袋を持って入ってきた女。傘は持ていない。しかし、不思議なことに、彼女の服も髪もロングブーツさえも濡れていなかった。


 白のバスローブに着替えて、フロアに出てきたレンのスミレ色の瞳に、女のポニーテールが映った。


 慣れた感じで入ってきた彼女だったが、彼はあの女など知らない。不法侵入だ。そうそうなことでは驚かないレンだが、歩みをすぐに止めた。


「?」


 誰だか問いかけようとした。だが、今度は逆の気持ちになった。この女とはどこかで会ったことがある。どこでだかはわからないが、記憶はきちんとある。しかし、名前が思い出せない。


 何かがおかしい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ