噂の真相/6
空中スクリーン上で、音はないが場面が再生されると、颯茄はうんうんと何度もうなずく。
「綺麗に撮れてましたね」
「ええ、僕のお気に入りなんです〜」
斜め前の席でずっと黙っている夫に、妻は問いかける。
「孔明さんの感想は?」
「ボクちょっと恥ずかしかった」
「え? 大先生、夫とキスするのが恥ずかしいの?」
恋人ではなく、夫なのだ。結婚しているのだ。この映像を見ているのは、やはり配偶者なのだ。しかし、孔明は頬に紅葉を散らす。
「颯ちゃんだって、恥ずかしがってたでしょ?」
「結局、ここに戻ってきてしまった」
妻と夫でキスシーンをうまく乗り越えられないのだった。
そして、もうひとつのおかしな噂話に突入する。音声だけをまた再生した。
――女装して、乙女ゲームをするらしいよ。
妻は菓子の袋を適当にたたんで折り目をつける。
「月さんのこの話、みんなに情報共有されてるんじゃないんですね?」
颯茄は不思議だった。自分の些細なことなど、あっという間に別の夫が知っているということが起きるほど、旦那たちの連携は抜群なのだ。
「月、何してんの?」
妻にこんな噂話を劇中でされている夫に、焉貴は問いかけたが、現実は小説は奇なりだった。
「僕は外出時は常に女装をすると決めたんです〜」
「とうとうそこまでいったか」
趣味の領域ではなくなったのだ。デフォルトなのだ。
颯茄は一緒にお昼ご飯を食べに行った時のことを思い返す。
「清楚なワンピースを着て、クマのぬいぐるみを抱いて、乙女ゲームをやってたんです」
水色の膝下までのワンピースを着て、マゼンダ色の長い髪を結ばず、ツバの大きめの帽子をかぶって、手元でゲームをやる女装が外出着の男性、小学校教諭。
「そこまで乙女づいて……」
初めて聞いた夫たちがあきれた顔をしたが、月命の次の言葉がさらに奇なりだった。
「ですが、ゲームの中の蓮が落ちなかったんです〜」
「あははははっ……!」
蓮をモデルにした乙女ゲームをやっていて、攻略に苦戦。焉貴は両手で山吹色のボブ髪を大きくかき上げる。
「おかしいね」
颯茄も笑いそうになるのを何とか堪えながら、
「ですよね? 月さんは蓮にプロポーズされて婿にきたので、現実ではしっかり落としてるんです。でも、ゲームは違うという……」
やはり奇なりなのだ。
「で、どうしたんだ?」
雅威の質問に答えたのは、夕霧命の地鳴りのような低い声だった。
「俺が代わりにやった――」
「あははははっ……!」
男の色香匂い立ついつも袴姿で、芸術のような技を生み出す武道家が乙女ゲー。ミスマッチすぎて、やはり奇なりだった。
颯茄は何とか笑いの渦から戻ってきて、自分の隣に座っている、極力短い深緑の髪と無感情、無動のはしばみ色の瞳をまじまじと見つめた。
「夕霧さんが乙女ゲームですよ」
この節々のはっきりした手で、乙女ゲームの画面を持って、選択肢を丁寧に選んでゆく。
だが、重要なところはそこではない。鋭利なスミレ色の瞳を持ち、銀の長い前髪の夫がターゲットなのである。
焉貴は皇帝のようは威圧感で一気に話を戻した。
「お前、落とせたの?」
「落ちんかった」
「蓮、身が硬いね」
純真無垢なR17夫が言うと、別の意味に聞こえてくるのだった。
夫二人が挑戦しても、振り向かない俺さま超不機嫌ひねくれ夫。
「颯ちゃん、攻略できるの?」
孔明に妻は問われたが、勝手に答えたら、蓮から火山噴火ボイスがテーブルの上を疾風迅雷のごとく横切ってくるのである。颯茄は斜め左の向こうに座っている鋭利なスミレ色の瞳にうかがいを立てた。
「…………」
蓮は刺し殺しそうなほど鋭い視線でにらみ返し、あっちにいけみたいにししっと手の甲を押して、あごで使う。許可してやるからありがたく思えと言わんばかりに。
「…………」
カチンとくるなと思いながら、颯茄は座り直して気を取り直して、
「蓮は恋愛対象として最初は見ないので、人としてどうなのかが一番大切です。だから、好感度だけじゃなくて、他のパラメーターを一緒に上げないと攻略できないです」
だから、色気のかけらもない自分と結婚したのだろうと、颯茄は勝手に解釈しているのだった。
「で、落ちたの?」
「えぇ、落ちました〜」
焉貴の問いかけに月命が答えると、時間がオーバー気味の終了トークから、妻は速やかに撤退する。
「無事に乙女ゲームはクリアということで、次の作品タイトルは――」
魔法で出されていた宇宙は消え去り、颯茄は携帯電話を素早くつかんで、
「――神の旋律!」
言うと同時に、プレイのボタンを押して、夫たちの視線が空中スクリーンに集中し、ほんの少しの暗闇が広がった。




