噂の真相/5
まだ、颯茄が誰とも結婚していなかったころ。毎日よく話した彼ら。
「でも、まあ、いい弟ですよ。ふたりとも」
颯茄が綺麗にまとめ上げたところで、張飛が次の話題へと移る。
「昼休みの知礼さんと話してた噂話は何すか?」
女同士のギャグシーンである。颯茄は声には出さなかったが、思い出し笑いをして、吹き出しそうになった。
携帯電話を意識化で操作して、その部分の自分のセリフの音だけ食堂――魔法で作り出した宇宙空間に流す。
――自分の息子を一日中、ずっと抱きかかえてて離さない。かなりの親バカになるらしいよ。
「孔明の話は全員知ってるが……」
独健が言うと、全員がため息交じりに同じことを言った。
「親バカ二号……」
大人の世界をクールに満喫してきた男、孔明と光命。子供が生まれた途端、激変して子煩悩パパになっているのである、明智家では。
さっきテーブルの下でそれぞれの溺愛している子供にジュースを渡していたのを、妻はしっかり見ていたのだ。
颯茄から孔明にしっかりと言葉のジャブが入った。
「孔明さん、叱られるとわかってても、自分の子供が小学校に入学したら、学校に様子見に行くんですよね?」
「光と一緒だ」
夫たちが苦笑して、一人失敗しているのにも関わらず、孔明は珍しく断定してきた。
「そう、行く」
負けると結果がわかっているのに、帝国一の頭脳を持つ大先生は小学校の廊下に瞬間移動する予定を早々と組んでいるのである。というか、行かないと気が済まないのである。
「お前、教師に叱られるよ」
隣に座っていた焉貴が孔明を手の甲でトントンと叩くと、小学校の歴史教師のヴァイオレットの邪悪な瞳がまぶたから解放された。
「僕の出番でしょうか〜?」
夫が夫に叱られる、小学校で。ある意味ギャグである。
さっきからお菓子をバカ食いしていた張飛は手を止めて、ニヤリと笑う。
「もしくは、俺っちっすね」
小学校教諭は二人いる。颯茄は孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳をじっと見つめて、妄想を口にした。
「張飛さんに孔明さんが叱られたら、翌日のメディアの見出しはこうです」
月命が街を歩くだけで振り返るほど、注目されている明智分家だ。十分あり得るのだった。
「帝国一の頭脳を持つ大先生。元恋人に小学校で叱られる――」
「あははははっ……!」
夫たちが大爆笑の渦に包まれ、
「颯ちゃん、ボク恥ずかしいんだけど……」
椅子の上で珍しくもじもじし始めた孔明を前にして、妻は追い討ちをかける。
「で、結局、叱られたんですよね?」
「うん……」
過去の話になっていて、孔明は恥ずかしそうに視線を落としたままうなずいた。
「誰に?」
夫たちは白々しくお互いを見回す。そして、張飛がまた話し出した。
「俺っちにっす。どこに現れるか予測して、待ち構えてたっすよ」
「バレバレじゃない、大・先・生!」
燿が珍しく笑う。
元恋人には罠は通じなかったのだ。妻はさらにおかしな二人の関係を口にする。
「で、夕方のニュース番組に、張飛さんが撮った映像を売ったという、現実は小説より奇なりなんです」
大ニュースになってしまっていたのだった。孔明大先生が元恋人、夫に小学校で叱られるという事件は。
ひとしきり笑ったところで、燿が抹茶ラテのおかわりを頼んだ。
「ところで、番外編のキスシーンおねだりしちゃうんだねえ?」
「すごい体勢だった。後ろからのぞき込むなんて……。逆立ちしてキスしてるみたいな感覚ですよね?」
颯茄が言うと、空中スクリーンに月命と孔明がキスをする寸前の映像が浮かんだ。
「あれ、孔明だけじゃなくて、二百四十センチの張飛ともできるんじゃないか? ふたりじゃないとできないって言っていたが」
独健のボケに、妻は爽快にツッコム。
「だから、独健さんそれじゃ、知礼さんと一緒で、登場してない人が出てます! ノンフィクションです」
「あはははっ……!」
大爆笑が弾けると、妻は目をキラキラを輝かせながら月命を見つめた。
「でも、本当に月さんが女の人に見えました」
「僕は男性です〜」
当たり前の言葉が返ってくるが、妻には衝撃だったのだ。
「いや、そうなんですけど、三十センチ以上背の違いがあると、同性同士でもああなるんですね」
「他の種族の人とだったら、もっと違う」
夫たちの声がまばらに響いた。一歩外へ出れば、いろんな人がいるのでる。妻はハッとする。
「あっ! 龍族とだったら、人間なんてとっても小さいですもんね。でもそれでキスするなんて、ちょっとかわいいかも」
ちょっと鼻先に触れるようなキスシーンを思い浮かべて、妻は飛び切りの笑顔になった。




