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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
Dual nature
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もうひとつの夜/5

 ふたりの姿はいつしか路上から消え去り、車のライトが往来を繰り返し、子供たちの影はなくなり、仕事帰りの大人たちが街灯の白い明かりの下に浮かび上がり始めた。


 そして、黒のワンピースミニに着替えた颯茄が戻ってきた。電柱の陰から、月の家の明かりをぼうっと眺めていたが、


「颯ちゃん?」


 夜道から黒い着物みたいな服が現れた。スポットライトのような街灯の下に来ると、凛々しい眉と聡明な瑠璃紺色の瞳が浮かび上がった。


「あぁ、孔明くん」


 約束は守られた。だが、重要なことはこの先であった。孔明の黒のモード系ファッションはかがみこんで、


「よく聞いて」

「うん」

「これから、人を尾行するから、見つからないように気をつけて」


 穏やかではない話。うなずいたのはいいものの、颯茄は意味がわからず、視線をさまよわせた。


「尾行する? 誰を?」


 月の夢の解析をするはずなのに、誰かを追う。結びつかずに聞き返したが、孔明は春風みたいに軽やかで好青年の笑みを見せた。


「それは秘密。いい?」

「わかった」


 そうして、夕方と同じツッコミが、孔明から颯茄にやってくるのである。


「颯ちゃん、また失敗してるかも?」

「え……?」


 まぶたを激しくパチパチしている颯茄の斜め後ろで、月の家のドアが開き、門から人が道路へ出てきた。


「来た」


 だいぶ陽も暮れた夕闇。それでも、あの鮮やかなマゼンダ色の髪ならば、綺麗な色を放つだろう。


 しかし、家から出てきた人物は闇に紛れそうだった。月について調べるはずなのに、別の人。


(誰だろう? 女の人? 月くんのお母さんかな?)


 姿は見ていないが、夕食を用意する音は聞こえていた。月の母親を尾行する。首を傾げている颯茄に、孔明は一言声をかけて、黒のモード系ファッションを夜風にひるがえす。


「行こう」

「うん!」


 少し遅れ気味に颯茄のスニーカーは歩き出した。


 急がず遅れず、神経を使う尾行。だが、ターゲットは振り返ることもなく、細い道から出て、大通りの明るい街灯と車のライトの川の流れに照らし出された。


 ローヒールのパンプスにタイトスカート。袖が短めのシャツ。どこにでもいそうな女性だった。


 しばらく行くと、駅から帰宅する人の流れと逆走して、構内へ入ってゆく。


(電車に乗る……)


 颯茄は人ごみに埋もれそうになりながら、孔明とともに見失わないようにあとをつける。改札を数人分遅れて、乗車カードをかざしてホームを目指す。


 ちょうどきた電車に乗り込んだのを確認して、ふたりはふたつ離れたドアから乗り込んだ。


 ラッシュと反対方面の電車で人があまり乗っておらず、孔明が背を向けて、颯茄が時々横からうかがうが続く。


 ドア近くの手すりにつかまって、携帯電話を取り出し、何かを見ている女。こっちには気づいていないようで、一度も見ることなく、減速して駅に停車した電車のドアから、白地に青のストライプのシャツを着た女が離れてゆく。


(降りた)


 閉まりかけたドアから、颯茄と孔明は素早く降りて、駅のホームを相手を見失わないように歩いてゆく。改札を出て、右へと歩いて行くのを追いかける。


 高速道路がねじれたように頭上を走る地上の道。騒音がひどく、ザワザワと音の波が押し寄せては、遠くで車のクラクションが大きく飛び跳ねる。


 まっすぐ歩いて行くかのように思えた相手は道からはずれ、コンビニの自動ドアに吸い込まれていった。


(中に入った)


 店内は明るい上に狭く、尾行には向かない。颯茄と孔明は建物の近くへ寄って、ターゲッティングしている相手が出てくるのをただただ待つ。五分もしないうちに、ビニール袋を下げて、自動ドアから出てきた。


(お弁当と飲み物かな?)


 茶色と白の二種類の袋。まるでこれから出勤するみたいな行動だった。颯茄と孔明は再び歩き出す。


 ふたりのスニーカーは人がまばらになった夜道を進んでいたが、大きな建物の門の前でふと立ち止まった。


(モーント生理学研究所?)


 正面玄関はもうすでに施錠されていて、相手は裏口へと回り込もうとしている。


 どこかの会社の敷地内。颯茄が戸惑っていると、孔明は平然と入っていった。約束をしている以上、離れるわけにもいかず、颯茄は慌ててあとを追う。


 相手が角を曲がり、見失いそうになったが、建物の壁に身を潜めて、首だけを出す。扉の前に女は立ち止まった。暗証番号を入力するわけでもなく、ただ目のあたりに光る線が走った気がした。


虹彩こうさい認証……」

「何それ?」


 颯茄が聞いている間にも、施錠されていた自動ドアは開き、女が中へ消えていった。


「簡単に言うと、目で個人を識別する方法だよ」

「まだ追いかけるの?」

「そう」

「でも入れないよね?」


 颯茄がのぞき込むのも気にせず、孔明は二本指を立てて、口の前に持ってきた。


急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 ふっと息を吹きかけると、まるで時が止まったように、まわりの音が消え去った。水の中に潜っているような濁った空間に、カチャンとロックが外れた音が世界の隅々にまで響くように聞こえた。


 自動ドアが普通に開いて、高校生ふたりの黒服は中に潜入成功。科学技術も真っ青な展開だった。


「孔明くん、何者?」

「魔導師……かも?」

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