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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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愛妻弁当とチェックメイト/4

 ありがたいと思って、最初はお礼を言ったものだが、それも今となっては懐かしい限りだ。


 うつむく独健の視界は、地面のはずなのに綺麗な青空が広がり、そこに浮かぶ真っ白な雲。その上でお弁当のふたはそうっと横滑りさせられて、ハートマークがラブラブ攻撃全開で姿を現した。


 ご丁寧にキスマークまでついている。さっき背中で縦にして持った割には、偏りもなく綺麗に詰められているお弁当。


「よかったよ。控え室じゃなくて、外で弁当開けて……」


 中心街からだいぶ離れた空中庭園。見渡す限り天色。その中にぽっかりと浮かぶ、数々の施設に木々、ベンチ。それに日向ぼっこや散歩をする人々。


 背後にある植え込みで可愛らしく咲いているチューリップのまわりでは、チョウチョがふわふわと新緑のダンスを踊る。噴水を主旋律にした曲に、鳥のさえずりがいろどりを添えていた。そこへ別のものが混じり始める。


 自分がさっきいた多目的大ホールから、リハーサルの歌声が聞こえてきた。奥行きがあり少し低めの聖なる声。春風に乗せられ、R&Bというリズムを刻む。


「はぁ〜、でも忙しさとは違って、空は静かで綺麗だ」


 お弁当に手をつけないまま、純粋な若草色の瞳はそっと閉じられ、頬を通り過ぎてゆく春の匂いを胸いっぱいに吸い込む。


「風が気持ちいい……」


 穏やかな時間。静かな時――


 お弁当事件も大したことがないほど、世界は広い。それでも、自身は人と違う道を歩んている、そう思う。知らぬ間に津波に連れ去られ、新天地へとやってきたようにあっという間で空前絶後だった。


 一年前の自分は、こんな生き方をしていなかったはずだが、あの男の罠のお陰で――


「――キスをしてほしいんですか?」


 独健の思い出を懐かしむ時間は、すぐさま破壊された。誰もそばにいたかったはずなのに、まるで空から落ちてきたように、羽のような柔らかで低めの男の声が降り注いだ。


「目を閉じて上を向いてるなんて……」

「ちっ、違っ!!!!」


 独健は瞬発力バッチリですと言わんばかりに、びくっとベンチから少し跳ね上がり、膝に乗っていたお弁当が十センチほど飛び上がったが、そのまま綺麗に元の位置へ無事にストンと着地した。


「そういうんじゃなくて……」


 大急ぎで開けた瞳の前には、どこまでも高く澄んでいる青空をバックに、男の顔が逆立ちしたみたいにあった。


 カーキ色のカールする癖がある短髪はのぞき込んでいるため、重力に逆らえず自分へと落ちてきている。優しさの満ちあふれたブラウンの瞳。どんな困難からも守ってくれそうな強さがあるのに、優男という言葉が合うような綺麗な顔立ちだった。


 それが誰だかわかると、独健は安堵のあまりベンチからずれ落ちそうになった。


「あ、あぁ……お前か……」


 緑さす公園の植え込みからベンチの前へ回り込む足元は、独健と同じ黒のロングブーツ。透明な地面の上をのんびりだがしっかりと、かかとを鳴らしながら近づき、ひまわり色をした短髪の斜め前に立った。


 白い手袋をした手をあごに当て、優男は膝の上に置いてあるものを見つけ、「ふむ」とひとつうなずき、


「ハートの愛妻弁当。僕もほしいです」

「お前まで!」


 何のためにここまで人目を盗んでわざわざやってきたのかと独健は思ったが、この男に怒っても見当違いだ。


「――っていうか、今日は弁当じゃないのか?」


 両腕を腰の後ろで軽く組み、服の構造はまるっきり同じだが、紫が深緑のマントになり、ターコイズブルーがオレンジ色のリボンになった制服を着ている男。独健より少し滑らかな線を持つ体躯。


 穏やかな昼下がりだったが、油断も隙もなく、その人の得意技――マジボケが出る。


「僕にはこだわりがあるんです。ですから、今日はお休み『いただいちゃいました』、愛妻弁当さんには」


 ツッコミセンサーが精密に反応し、独健はダメ出しをし始めたが、途中から混乱して、言葉が失速した。


「微妙に言葉おかしいから、それ。お休み『していただいちゃいました』、だろう? 愛妻弁当をうやまってどうする……? いや違う。お前が弁当に断って休んだのか……? どの意味だ?」


 それよりも何よりも、愛妻弁当ループから出られなくなりそうだった、新婚さんはあきれた感じで、手を顔の前で横へ振った。


「――っていうか、それはもういい」


 キラキラ輝く噴水の乱反射を背中で浴びながら、優男は王子のように気品高く微笑んだ。


「僕も昼休みなんですが、お隣よろしいですか?」


 アプローチしている女性にかけるような言葉。男同士で、さっきの会話からしてどうやっても仲がいいのはいなめない。それなのに、こんなことを聞いてくるとは、独健はゲンナリした顔をした。


「いまさら、そんなこといちいち聞いて……はぁ〜」


 独健は思う。この男が罠を仕掛けて、俺を新天地へと連れて行ったのに、変なところというか、余計なところで境界線を引こうとすると。


 ベンチの上に置いてあった白い手袋はすっと消え、次に現れると、独健のズボンのポケットに入っていた。空席ができると、彼は優男にふざけた感じで呼びかける。


たか『さま』! さぁ、どうぞお隣に!」


 深緑のマントはすっと消えたが、すぐに姿を現したかと思うと、独健の隣に腰掛けていた。そして、この優男の口癖が出る。


「ありがたいんですが、僕の名前は貴増参です。省略しないで最後まで呼んでください」

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