夢の欠片/9
オーバーリアクションのクラスメイトの女子を置いて、孔明は大きくあくびをする。
「ボクも眠くなっちゃった。おやすみ〜」
聡明な瑠璃紺色の瞳もまぶたの裏に隠されて、颯茄はあっけに取られた。
「え、孔明くんまでここで寝るの?」
すぐさま心地のよい寝息がふたつになる。
「……ZZZ」
颯茄は悔しそうに唇を噛みしめた。
「膝枕という魅惑の拘束である……うぅぅ……」
この昼休みは何なのだと、颯茄は思うのだ。涙がちょちょぎれる、意味不明すぎて。月と孔明のそれぞれの思惑がわからないばかりに。
動きたくても動けない。屋上の上に貼り付けみたいな昼休み。颯茄は食べる気も失せて、ため息をつき、青空をただただ仰ぎ見る。
目を閉じて、夏の風を感じる。昼休みが終わるまでには、ふたりには是非とも起きてほしいと強く願いながら。そこで、突然キャピキャピとした少女の声が飛び込んできた。
「見ましたよ〜!」
颯茄はびっくりして、慌てて目を見開くと、赤茶のふわふわウェーブの髪をした後輩が意味ありげに微笑んでいた。
「うわっ! 知礼」
どこかとぼけている黄色の瞳は、先輩の上になだれ込んでいるふたつの長い髪を交互に見る。マゼンダ色と漆黒。
「右膝に眠り王子。左膝にイケメン神主」
「イケメン神主?」
月に夢中で、話はしていたが、神主見習いさえも聞き逃している颯茄は、自分の膝の上を見下ろして、天まで届くような大声を上げた。
「あぁっ! 本当だ、今ごろ気づいた。イケメンだった」
類は友を呼ぶなのか。こんな身近に、綺麗な男子がふたりそろっている。夢の共演である。
「膝の上にふたりも乗せてます」
「正確には乗られた。乗せてない」
ここはきちんと主張しておかないと、濡れ衣である。
「学園の女子が黙ってないかもしれませんね。午後からは、昼休みのこの事件で話は持ちきりです」
容易に想像がつく。颯茄はため息しか出てこなかった。
「はぁ……」
だが、取り越し苦労かもしれない。そう割り切って、知礼の顔を見上げた。
「お昼食べた?」
「いいえ、まだです」
「じゃあ、一緒に食べよう。私も全然食べてないから」
颯茄は紙袋から再びサンドイッチを取り出して、知礼は向かいのコンクリートの上にきちんと足をそろえて横座りした。ランチボックスを包んでいた黄色の布の結び目を解く。
「久しぶりですね、先輩とご飯食べるなんて」
「そうだね」
パクッとパンをひとかじりして、
「あっ、そうだ。知礼、夢占いってあったよね?」
フォークに唐揚げを刺したまま、黄色の瞳はどこかずれているクルミ色のそれをまっすぐ見つめた。
「あぁ、ありますね。先輩、昔はまってましたよね? 今はとんとやらなくなりましたが……」
「そうだ、調べてみよう。さっきの夢……」
サンドイッチを口にくわえたまま、颯茄はポケットから携帯電話を取り出した。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと気になる夢があってね」
もぐもぐと器用に噛みながら、パンの白は颯茄の口の中へ入ってゆく。インターネットのブラウザ画面を、彼女は見つめる。
「兄弟……。実際にいない兄弟は、自分の一面を指す。ということは……?」
タップしていた手を画面から離して、颯茄は紙パックの飲み物を飲んだ。
「月くんの幼い面ってことかな?」
画面をバックして、別の項目をタッチする。
「ボールで遊ぶ……。丸は完成、達成を指す。ということは……?」
足し算してみて、颯茄が首をかしげると、ブラウンの長い髪がワイシャツの背中でサラサラ揺れた。
「月くんの幼い面が完成する????」
はてなマークが頭の中を大行進。携帯電話をスリープにして、スカートのポケットに放り込む。
「たぶん違うな、これ……」
惨敗した颯茄だった。
「他から探さないと、救えないや……」
今はとりあえず、ランチである。颯茄は気を取り直して、男子高校生をふたり膝に乗せたまま、まぶしく目に染む青空を見上げた。
「いい天気だね」
「はい。気持ちがいいです」
それぞれ手を動かしながら、女子トークが始まる。
「知礼、最近何してるの?」
「学校の取材をしてます」




