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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
Dual nature
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夢の欠片/7

 颯茄は人気のない階段を登り切って、鉄の重い扉を開けた。入学してから一度もきたことがない屋上。夏の太陽は南の高い位置に登って、冴え渡る強い光をコンクリートのあちこちに落としていた。


 追いかけてきたマゼンダ色の長い髪はここにきたはず。横道へそれるような場所はなく、途中の階段で月とはすれ違っていない。


 だが、どこかずれているクルミ色の瞳には探し出せなかった。いつもより朝早く起きて作ってきたサンドイッチを抱えて、うろうろする。


 ジリジリと照りつける太陽に目を細めながら、颯茄はピンときた。自分が出てきた階段へと続く入口があるこの影にいるのではと。


 回り込んでゆくと、マゼンダ色の長い髪が壁に寄りかかって、まどろみ始めたところだった。


「月くん?」


 ヴァイオレットの瞳はまぶたからほんの少し顔を出して、声をかけてきた颯茄を恨めしげに見つめた。


「おや? 僕のあとをつけてきたんですか?」

「お昼ご飯ちゃんと食べるのかなと思って……」


 月は手ぶらで、教室から出てきてすぐに追いかけてきた。それなのに、眠ろうとしていた。


「人間の三大欲求のふたつを突きつけられた時、僕は睡眠を取ります〜」


 颯茄はひんやりしたコンクリートの上に座り込んで、カサカサと中からおしゃれな紙に包んだサンドイッチを一切れ取り出した。


「いやいや、優先順位は食べることが先でしょ? 死んじゃったら眠らないんだから」


 月は頑なに拒んで手も出さず、真正面に顔を戻して、こんなことをゆるゆる〜と言った。


「死んだら永眠できます〜」


 颯茄も頭が痛い限りで苦笑いする。


「確かにそうなんだけど、自虐的すぎだ……」


 何を言ってものらりくらりとかわされてしまう。意外と強情な眠り王子。颯茄はスカートにも関わらず、裾も抑えず足を抱えて隣に座った。


「え〜と、どうしよう? とにかく何か食べたほうがいいよ」

「いりません〜。寝かせてください」


 風で乱れたマゼンダ色の髪を額のところで手で押さえて、ヴァイオレットの瞳は重いまぶたの向こうへ消えようとした。


 その時だった。好青年でありながら、春風のような穏やかな声が割って入ってきたのは。


「医食同源。違うかな? 食事をきちんと取らないと、異常な睡眠の原因を知ることもできないかもしれないよね?」

「え……?」


 まさかあとをつけられているとは思わなかった颯茄はサンドイッチを出そうとしていた手を止めて、顔を上げた。


 そこには夏空をバックにして、漆黒の長い髪を風に揺らし、かがみこんでいるイケメン高校生がいた。


 眠ろうとしていたヴァイオレットの瞳は邪悪な色を持って、いきなり入り込んできた男子生徒に向けられた。


「安芸 孔明ですか。明後日終業式。なぜ、こちらの時期に転校してきたんですか〜?」


 少し考えればおかしい限りだ。だが、孔明は「ふふっ」と軽やかな笑い声をもらして、もっともらしいことを口にする。


「気まぐれだよ。青春は短い。思い立ったら吉日って言うでしょ? だから、今日にしたんだけど……」


 どうもおかしな話で、月は「そうですか〜」とゆるゆるとうなずいて、ここにあえてメスを入れた。


「ですが、なぜ、僕のそばにくるんですか〜?」


 ふたりと違う制服を着た孔明は、颯茄を間に挟んで反対側のコンクリートに腰を下ろした。


「それは、ボクがキミに気があるからでしょ?」

「え……?」


 やっぱりそうだったか。BLだったか。颯茄は男子ふたりに囲まれて、右に左に視線を落ち着きなく向けるを繰り返し始めた。


「おや〜? そちらはどのような冗談ですか〜?」


 月はニコニコと微笑んでいたが、声は絶対に怒っているのがわかるすぎるくらい、地をはうような低さだった。


 さっきまで穏やかだったのに、孔明からは春風のような穏やかさは消えて、氷河期のようにどこまでも冷たかった。


「ボクは本気なんだけど……。女性的なキミに……」


 邪悪なヴァイオレットの瞳と聡明な瑠璃紺色の瞳は、颯茄を間に挟んで、真意を確かめるように、火花を散らすように見つめ合った。


 夏の湿った風が、三人の間をしばらく吹き抜け、遠くのコンクリートを灼熱の陽光がジリジリと照らし続ける。男ふたりきりの世界。


 颯茄はいたたまれなくなって、紙袋から残りの分を慌てて月の綺麗な手の上に無理やり乗せて、立ち去って行こうとした。


「あ、あぁ。じゃあ、私はサンドイッチだけ置いて、別の場所に行くから――」

「キミもここにいて」

「君もここにいてください」


 左に孔明。右に月。両側から一斉に視線が向けられた。だが、こんなにタイミングが合うとは、これは余計ふたりきりにしなくてはと、颯茄は思い、立ち上がろうとコンクリートに手のひらをついた。


「いや、行きます!」


 それはほんの一瞬の出来事で、マゼンダ色の髪がふわっと宙に持ち上がったかと思うと、横向きに落ちてきた。漆黒の髪も同じようになる。


「それでは、こちらのようにしましょう」

「こうしちゃう」

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