愛妻弁当とチェックメイト/3
独健の黒いロングブーツは、空が足元に広がる地面の上を歩いて行こうとしたが、すぐに立ち止まって、さっと振り返った。衝動でひまわり色の短髪が頬で踊る。
「あぁ、そうだった」
「どうしたんですか?」
先輩は遠くにあるメインアリーナを指差して、
「今日、ほら、あっちで大会やってるから、言語が登録されてない宇宙からきてる人がいるから、手動じゃないと翻訳機が使えない。じゃあ、今度こそ――!」
地面の上で反転したが、すぐに向き直って、独健のかかとは円をその場で描いた。
「あぁ、あと、コンサート当日券の問い合わせが次から次へとくるから、あとそれから……」
「独健さん、心配症でいつも優しいですよね?」
交代にきた隊員は楽しそうに微笑んだ。その後輩にも自分と同じスコープが瞳の前にあるのを見つけ、独健は気まずそうに言葉をつまらせ、
「あっ……あぁ、そうだよな」
白い手袋をつけた手で、ひまわり色の短髪を照れたようにかき上げた。
「わかってるよな。同じ部隊にいるんだからな」
情報は常に共有されている。業務連絡は極力抑えられ、効率的に仕事が進むように配慮された結果が、スコープの所持なのだ。
慣れた感じで、もう片方の手を背中に回すと、不思議なことに黄色の布で覆われた四角いものが急に姿を現した。
それが何かを知っているというように、後輩は独健の背後をのぞき込もうとする。
「今日もお弁当ですか〜?」
独健のロングブーツは後ずさりし、黄色の箱は地面と直角になるように、自分の背中に押しつけられ、絶対に見られるもんかと、慌てて首を横に振った。
「あっ、あぁ、いや! きゅっ、休憩に行ってくるっ!」
己の辞書に落ち着きという文字を持っていないと言わんばかりに、声が上ずりそうになりながら、その場からすうっと霧が晴れるように消え去った。
後輩のマントは興味津々と言うように、右に左に揺れながら眺める、姿を急に消した先輩がさっきまでいた場所を。
「初々(ういうい)しいなぁ〜、独健さん。『何度目か』の新婚さん!」
暖かな春風が吹くと、青空が広がる地面を、桜の花びらがサラサラと軽やかな音を立てて、戯れというダンスを踊りながら横切っていった。
*
空の真ん中に、クッキーの型で抜き取ったようにぽっかり浮かんでいる噴水。水の流れる音が癒しを作り出す、不思議で綺麗な公園。
透明な絹のようなしぶきを堪能するように配置されているベンチ。そこに、紫と白、金の刺繍が入ったマントがにわかに現れた、黄色い四角い箱を持って。
至って平和な憩いの場。しかし、まるで戦場にでもいるように、独健は警戒心マックスでキョロキョロと辺りをうかがう。
自分を毎日、昼時に襲うある事件を誰にも――いや同僚に知られないように。
「よし。……よし」
入念にチェックを入れ終えると、白い手袋は慣れた感じで脱がされ、レイピアは一瞬消えたが、次に現れると、ベンチの端に立てかけられていた。座る準備ができ、紫のマントを後ろへ払い、大きく息を吐きながら腰を下ろした。
「はぁ〜……大丈夫だな」
膝の上に置いた黄色の四角い箱をじっと見つめる。ただの箱なのだ。ただの箱。だがしかし、独健にとっては心臓ドッキドキの、バックバクのもの。女が長い髪を結い上げたみたいに、きゅっと色っぽく結ばれた布をさらっとほどく。
「昼飯……今日はどんな……?」
嵐の前の静けさ。ごくり生唾を飲み、銀色をした鉄製のふたをガバッと開けた!
はつらつとした若草色の瞳に映ったのは、ピンク色が全体を仕切るお弁当。独健の顔は驚愕に染まり、素っ頓狂な少し鼻にかかった声が公園中にとどろいた。
「ハ、ハートっっ!?!?」
ピンクのハートが大きく描かれたお弁当――
亡き者にしようとして、独健は瞬殺するようにガバッとふたを大慌てで閉めた。紫のマントを乗せたベンチに力なくもたれかかり、結婚指輪をした手は空中で、念を押すように縦に何度も振られる。
「だ〜か〜ら〜っ!」
しかし、勢いがあったのはそこまでだった。頭痛いみたいに手は額に当てられ、ため息しか出てこない感じで、作った人へ愛の言葉――いや文句を放った。
「この新婚ですって、宣言する弁当どうなってんだか。はぁ〜」
あたりは晴天この上ないのに、独健のまわりだけがどんよりと曇ったように、切ないため息が降り積もった。
お弁当を持ってくる同僚は他にもたくさんいるが、ラブラブだと言われても本人の好物を中心にして作られた、おとなしいものだ。こんな過激派ゲリラみたいなものではない。独健は額を抑えていた手を交代して、またため息をつのらせる。
「絶対、俺が職場で同僚に冷やかされるのを想像して、わざとこんなことしてんな、あいつ!」




