夢の欠片/3
校庭を校門まで一緒に歩いてゆく。他の生徒たちがこっちを見ては、こそこそと何か話していたが、颯茄にとってはそんなどころではなかった。
話を聞くと約束はしたが、月からまったく話してこないのである。颯茄はバッグを落ち着きなく触ったり、暮れてゆく空を見上げていたりしていたが、かなり戸惑い気味に本題にいきなり入った。
「あ、あの……ずっと眠ってるのって、病院に行ったの?」
「えぇ、行っていますよ」
話しづらいから言わなかったのかと思ったが、そうでもなく、月は気品高くうなずいた。
「何て診断されたの?」
「原因不明の過眠症だそうですよ」
「薬は飲んでる?」
真昼の月のように透き通りそうな美しい横顔。マゼンダ色の長い髪が夕風で後ろへとなびいてゆく。月は「えぇ」とうなずきはするが、どうも話がおかしいのだった。
「飲んでいるみたいです〜。ですが、僕には飲んだ覚えはないんです〜」
「覚えがない?」
ニコニコとした笑みで背の高い女性的な男子高校生。どこか別世界からやって来た天使か何かを見ているようで、学校の校庭にいるのがひどく非現実的だった。
だが、月はいたって真面目で、人差し指をこめかみに突き立てて、困った顔をした。
「数は減っているんです〜。ですが、記憶にないんです」
「どういうことだろう?」
記憶喪失。はたまた幽霊か。近づいてくる校門に颯茄は視線を移した。彼らの背後には生徒が人だかりを作っている。眠り王子が起きていることもそうだが、女子と一緒に歩いていることが大事件で。
学校敷地内から路上へと出て、ふたりの靴は並んで進んでゆく。車の往来の騒音を聞きながら、颯茄の質問は続く。
「いつからこうなったの?」
「三年前の四月三日からです」
日付までよく覚えている、月だった。しかし、ブラウンの髪の中にある脳裏には適当にしまわれる。
「中学生の春ごろ……」
住宅街にある小さなケーキ屋のショーウィンドウの前を、制服のふたりが通り過ぎてゆく。
「それまではなかったってこと?」
百九六センチの背丈の月は、遠くをずっと見つめたままだった。
「気がつくと眠っていたということが何度かありましたが、そちら以外はいたって平常でした」
「そうか……」
颯茄は唇に手を当てて、革靴の足を進め、色つきの石畳の線を目で追ってみるが、答えは見つからず、綺麗な男子学生の横顔に問いかけた。
「心理療法とかは試した?」
「えぇ。ですが、特に問題はないと言われました」
お手上げだった、ない頭の女子高校生には。颯茄は首をかしげたまま歩いて行こうとした。
「ん〜、どうして、こうなってるのかな?」
月はふと歩みを止め、いつもまぶたに隠れているヴァイオレットの瞳は姿を現して、孤島に一人取り残された人がSOSを必死に出すように言った。
「僕のうちで何かが起きているのかもしれません。ですから、君にお願いしたいんです」
つられて止まった颯茄は少しだけ振り返って、ふたりを残して、自転車や歩行者、車が素知らぬふりで通り過ぎてゆく。
「何かあるんだよね。だから、こうなってるんだよね……」
約束は約束だ。しかし、どこから手をつけていいかわからない。普通の生活を普通に送れない。大変だろう。どんな想いで毎日を過ごしているかは、本当に理解することはできないが。
だが、話しかけて、自分の話を聞いて欲しいと願われて、今一緒に帰路をともにしている。全てをきちんと解決できなくても、何かを探さなくてはと、五里霧中でも、颯茄は無理やり微笑んだ。
「色々調べてみて、力になれるようするから……」
月が彼女へすっとかがみ込むと、石鹸の香りが女子高生の鼻をくすぐる。
「君は僕の心配をしてくれているんですか?」
急に近くなったマゼンダ色の長い髪が風で揺れるのに見惚れ気味で、颯茄は首をかしげる。
「あぁ、そういうことになるね。あれ? どこでこうなっちゃったのかな?」
「うふふふっ」
まるで綺麗なお姉さんみたいな含み笑いをした月の言動がよくわからず、颯茄はまぶたをパチパチと瞬かせた。
「え……?」
眠り王子。
ではなく、
眠り王子姫。
が一番合っている。
妖精に魔法でもかけられたように、颯茄は夢見心地でその場でくるくるとワルツでも踊る妄想世界でゆらゆらと揺れ出した。




