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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
Dual nature
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眠り王子/3

 築百年ちょっと。何度も張り替えている畳の上で、丸いちゃぶ台の中央に置かれたせんべいに、袴の白い袖から出ている手が伸びてゆく。カサカサとという乾いた音とテレビから聞こえてくるアナウンサーの話し声が重なっていた。


 香ばしく焼かれた茶色の丸は手に連れられて、ちゃぶ台の上から一枚だけ姿を消して、下へ落ちてゆく。ずいぶんと間延びした青年の声が聞こえてくる。


「おせんべいをパリパリ……パリパリ……」


 青年の口元にせんべいは運ばれ、噛み砕かれ、咀嚼そしゃくされる。畳に横向きで寝転がり、片肘を立てて頭を支え、ながら見をしていた。


 手持ちぶたさで、近くに置いてあった週刊誌を適当にパラパラとめくり、せんべいの食べクズがページに挟まってゆく。


 昼間は高校生、家に帰れば、神主見習いとして過ごす毎日。するべきことはきちんとこなして、時間を持て余す日々。


 田舎町でそうそう大事件に出くわすこともなく、平和はどこまでも広がってゆくようだった。しかし、運命の出会いはやってきた、聡明な瑠璃紺色の瞳に映ったテレビ画面の中で。


 そこには、黒の長い髪を清潔感を表すように、きちんとポニーテールしている女が映っていた。どこにでもいる平凡な女。


 青年は食べかけのせんべいも放り出して、雑誌の上に両肘をついて、四つんばいでテレビに近づいてゆく。十分見えているはずなのに、穴があくほど画面を見つめた。


「ん〜?」


 小首を傾げると、漆黒の長い髪が背中から、畳の上にさらっと落ちた。


 テレビの中には白衣を着て、細い黒縁のメガネをかけた、いかにも頭がよさそうな女が映っていた。アナウンサーの少し興奮気味の声が聞こえてくる。


藍花あいば 蓮香れんかさんが、難病であるゲストルファ症候群にかかった患者を完治させました。家族との再会です。不治の病と言われてきましたが、新しい兆しが見えてきました」


 フラッシュの嵐の記者会見を見ながら、青年はちゃぶ台の上に手をはわせ、振り向きもせずにせんべいを一枚つかんだ。


「家族との再会……そう」


 リポーターのマイクが大量につきつけられた、患者の両親が涙ながらに言葉を口にする。だが、それは青年にとってはどうでもいいことだった。


 視線は一ミリも動かさず、歯でせんべいを噛んで、パリッと勢いよく破り食べる。ゴリゴリという濁った音が自分のうちで響くが、それさえも蚊帳の外で、テレビの見出しの文字を読む。


「またもや快挙。藍花 蓮香、二十三歳……そう」


 青年の聡明な瑠璃紺色の瞳は女の見た目というよりも、別のところを見ているようだった。


 そしてやがて、せんべいを全て食べ終えると、さっと畳の上から立ち上がって、天井高くを指差し、


「ボクのするべきことはこれだ!」


 吊り下げられた照明の和紙に、白の袴の袖口がぶつかって、ゆらゆらとオレンジ色の光が揺れた。


   *


 七月十六日、火曜日。梅雨が明けるには少し早く、薄曇りのはっきりとしない空。高校の制服にまとわりつくようなジメジメとした湿度の高い風が立ち込める。


 期末テストも終わり、夏休みまであともう少しのワクワクとだらけの入った二年生の教室。下敷きがうちわがわりにパタパタとあおがれているのが、あちこちの席で起きている。


 体育の授業をしている声が校庭から聞こえてくるが、窓際から二列目に座っている少女には姿が見えなかった。ハンカチで額の汗を軽く拭いて、パタパタと上下に振って小さな風を頬に浴びせる。


 開いたままの現国の教科書を腕で押さえながら、ノートの上でシャープペンをまた走らせたが、少し離れた斜め前でそこだけ休み時間みたいな光景を見つけて、ふと手を止めた。


 黒板をカツカツとチョークで叩く音が止まるのに、少女は気をつけつつ、どこかずれているクルミ色の瞳でそっとうかがう。窓際から二列目の自分の席から、一番廊下側の最前列に座っている人を。


(まただ……)


 授業中にも関わらず、鮮やかなピンク――マゼンダ色の長い髪は机の上に突っ伏して眠っている。動くこともなく、起きる気配もなく。


 よそ見として国語教師に認定されないように、少女はそっとうかがい続ける。


(一年生の時から同じクラスの、漆橋うるしばし るなすくん)


 あの印象的なマゼンダ色の長い髪が授業中だけでなく、休み時間もどんな時も、まっすぐ立っているのを見たことがないのだった。


(話したことはないけど……)


 いつも寝ているのだ、そんな機会などめぐってこない。それは少女だけではなく、他の生徒も全員同じだった。だからこそ、注目を集める漆橋 月は。


(気になる……)

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