結果は十人十色/3
別世界へと飛ばされ、白の巫女が濁流に身を投げ、死を迎えようとしている。その人は自分の想いを寄せる人――
颯茄だったらかなり迷うのだ。だから、言葉を付け足した。
「考えてください」
「…………」
そのまま、それぞれシンキングタイムに入ってしまった旦那たち。彼らを前にして妻はボソッとつぶやいた。
「誰も返事しやがらねえ」
どうなっているんだ、我が家は。まったく男というものは、集中しすぎである。
だが、話は通じているはずである。二択だ。そうそう迷うこともないだろう。妻は気を取り直して、
「それでは、貴増参さんと理由は違えど、手を貸さないという人は手を上げてください!」
さっと上がった。颯茄は自分の左隣から名前を言ってゆく。
「夕霧さん、月さん、蓮。わかるなぁ。この三人は止めない気がする」
見渡していた妻は、すぐ右隣でゆるく手を上げている人を見つけて、少し驚いた。
「と、燿さんが入るんだ。ここに。へえ、結婚して間もないからわからなかったけど、助けないってことね」
「そ」
人として冷たいとかそういうことではないのだ。彼らなりの信念がそこにあるのである。妻はそれでいいのだと思う。だから、素敵なのだ。十一人いて、みんな一緒の意見では面白くも何ともない。
今のところ、助けない旦那は五人――
手が下されると、颯茄はさっきと違って熱く質問を投げかけた。
「じゃあ、今度は逆に、何とかして止める! もしくは、巫女が死ななくてもいい別の方法を模索する! という人は手を上げてください!」
さっと上がった。颯茄は自分の左隣から名前を言ってゆく。
「張飛さん、光さん、孔明さん、独健さん、明引呼さん。これもわかるなぁ」
妻は夫のことは大まかにわかっている。颯茄が予想した通りの結果だった。この五人が何とかしようと奮闘する姿が、妻には容易に想像がつく。
「そして、こっちに雅威さんが入るんだ。なるほどね」
「そうだね。俺はなんとしても助ける」
手を貸す旦那は六人――
がしかし、ひとり足りない。十人しかいなかった。寂しがりやの子供みたいに膝を抱えている、夫を妻は見た。
「あれ? 焉貴さん、どっちにも上げてないじゃないですか?」
大人で子供で純真で猥褻で皇帝で天使で、あらゆる真逆を含んだまだら模様の響きは、アンドロイドのように無機質だった。
「俺? 基本的に助けない。自分の人生は自分で切り開くものでしょ? 死にたいやつは死ねばいい」
死神も真っ青な物言いだった。元も子もないのである。だが、どちらにも手を上げられない理由がまだだった。
「でも、俺にはあれがあるでしょ?」
全員が口をそろえて言った。この三百億年も生きている男が持っている最大の特徴を。
「無意識の直感……」
人は普通、直感を受けたら、颯茄のようにひらめいたと思ったりするものだ。しかし、焉貴の天啓は別物なのである。彼は短く「そう」とうなずいて、おかしなことを言う。
「だから、気づいたら助けてた? になってるかもしれないでしょ?」
「自分のことが疑問形……」
みんながあきれたため息をついた。しかし、焉貴は何ひとつ嘘は言っていない。
彼は数学教師で理論派で、緻密な計算をして生きている。それなのに、神から天啓を受けて、途中でニュートラルに変わってしまう。それでも即座に対応して、ついていけるだけの繊細さを持っている。
本人が今みたいにいちいち口にもしない。まわりから見れば、普通に見えるが、焉貴の中では大革命が起きている。尋常ではない。明智家の風雲児。
物語の結末がどっちに転ぶかわからない焉貴の話を、颯茄が綺麗にまとめた。
「と言うことで、焉貴さんがこの役をやると、ミラクル旋風が起きて、過去と未来がごちゃ混ぜになってしまうという結末かもしれないです」
「ありえない話ではない……」
夫たちはため息をついた。死という恐怖がない世界で三百億年も生きてきたからこそ、測れる尺度がなく、それが焉貴の個性なのだ。
ヨーグルトを木のスプーンですくい上げて、孔明の陽だまりみたいな柔らかな声が響いた。
「これはもともとあったの〜?」
一作目は完全な使い回し。だったが、颯茄は自信満々に微笑んだ。
「案とモデルがある程度決まってたんですが、表には出てませんでした」
お楽しみの時間が到来である。光命は後れ毛を細く神経質な指先で耳にかけて、
「どなたがモデルだったのですか?」
颯茄は両手で膝の上を落ち着きなく、上下にさすり始めた。
「ん〜……。ちょっと畏れ多い感じもしますが、陛下のご友人の方が、貴増参さんの役でした」
陛下の友達――
当然、知らない人が多かった。夫たちは顔を見合わせたが、
「誰だ?」
孔明は春風みたいに微笑んだ。
「ボク、知ってるかも〜?」
次の焉貴の言葉がバイオレンスだった。
「あの、人たくさん生き埋めにしちゃった人でしょ?」
「いやいや! それは過去の過ちなので、許してあげてください!」
颯茄は慌てて椅子から立ち上がって、両手を頭の上で大きく横へ揺らした。彼女の右隣で、明引呼は鼻でふっと笑う。
「極悪人みてえになってやがる」
その人のイメージが崩壊するようなことがテーブルの上に漂っていた。




