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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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愛妻弁当とチェックメイト/2

 話をしたいと思ったことしか相手に伝わらない携帯電話。口元をふさぐ必要もなく、若草色の瞳を持つ男は、少し鼻にかかる声で女に問いかけた。


「お客さん、左端になってしまいますが、そちらで良ければ用意できます」


 女は天にも登る気持ちになった。名前も覚えていないが、すぐ脇のポスターに映るアーティストと同じ時を過ごせると思って。


「それでも構いませんので、お願いします」

「それでは、そちらを案内しますので、お願いします」


 制服を着た男が間を取り持つと、電話の向こうで威勢よく返事が返ってきた。


「は〜い! じゃあ、増設時間は三分〜!」


 気さくな男との連絡はすぐに通話終了となり、電話は切れた。満員御礼のはずなのに、すぐに作れる席。おかしい現象だったが、最新技術が開発され、空間を多少なりとも広げることができるそうなのだ。打ち合わせの時に、時代は便利になったもんだと、男は大いに感心したのだった。


 役目を終えた携帯電話は胸ポケットに戻された。今はまだ人もまばらだが、夕方になれば大混雑となるだろう、多目的大ホールのチケット窓口。紫のマントを着た体格がいい男はさわやかな笑顔で、白い手袋をした手のひらで指し示した。


「チケットはあちらで販売してますので、そちらでお支払いをお願いします」

「ご親切に、案内までありがとうございます」


 念願叶った女はにこやかに微笑み、頭を軽く下げて急いで去ってゆく。


「いえ、こちらこそ。楽しんできてください!」


 息つく暇なく、次の仕事がやってくる。トントンと後ろから肩を叩かれた。


「は、はい?」


 振り返ると、そこには子供一人の家族連れがいたが、聞こえてきた言語が摩訶不思議だった。


「△*%#*△$%&#……」


 はつらつとした若草色の瞳は一瞬陰りを見せて、小さなため息をもらす。


「あ、あぁ……またか。今日は本当に聞き取りづらいな」


 声をかけられるうちの半数以上がこんな状態。心配そうであり、急いでいる様子の親子。


 彼らを置き去りにして、ひまわり色をした短髪は春風の中で振り返った。さっきから不規則に寄せては砕ける波音のような歓声が上がっているメインアリーナへと。


「さすがだな、あっちの会場でやってる大会の有名さは。いろいろな宇宙からきてるから言語が対応しきれない」


 世界は本当に広かった――。白い手袋をした指先二本をこめかみに当て、スコープの機能に神経を集中させる。


「この翻訳機ほんやくきがあっても……周波数を手動で変えないと……あぁ〜っと、どこだ?」


 親子の姿を視界の端で捉えながら、イヤフォンも何もない耳元から不思議なことに音が聞こえてきた。


 それはラジオのチューニングしきれていない、砂のようなざらざらしたような音だったが、すうっと隙間に入り込む水のように不意に鮮明に流れてきた。


「おっときた!」

「……すみません、トイレはどこですか?」


 何のことはない、よくある内容だった。話す言葉も自動で訳される機能をフル活用して、男はテキパキと仕事をこなしてゆく。


「トイレは建物沿いを奥へ少し行った左側になります」

「ありがとうございます」


 両親が頭を下げると、そばにいいた男の子が足をバタバタさせた。


「ママ、早く〜!」

「はいはい」


 トイレへ急ぐ親子の後ろ姿を微笑ましく見送りながら、男は自身の生活を脳裏でなぞる。


「親子で旅行か……。俺もよく行ったな」


 学校の長い休みになると、テーマパークへ泊まりがけで行きたい、おじいちゃんに行きたい。友達の家に泊まりに行きたい。いろいろな思い出が詰まっていた。


 白い手袋に隠れていて今は見えないが、左薬指につけた指輪をつまみ、お互いを信頼し合っている絆のような固さを感じた。


 風で飛んできた桜の花びらが鼻の頭を、くすぐるようにかすめてゆく。


「そういえば……今年はまだ――」


 浸る暇なく、次の仕事がやってくる。また肩を叩かれて、


「はい?」


 腰元に挿すことが義務付けられている細身の剣――レイピアのさやときらびやかなシルバーの顔を見せるつかは、人に話しかけられるたび落ち着きなくあちこちに移動して、仕事をこなしてゆく。青空と風に舞う桜の花びらに優しく見守られながら。


 遠くにあるメインアリーナで歓声が上がり、心地よい春風に頬を何度なでられても、それどころではない男はせわしなく動いていた。


 午前中という職務の時間はあっという間に過ぎてゆき、離れたところから自分の名前を呼ぶ声がふとした。


「独健さ〜ん!」


 振り返ると、自分と同じように高貴を表す紫のマントに、純潔の象徴のような白い襟元に、ターコイズブルーのリボンという細い線を描く制服を着た後輩がやってきた。


 プライベートでは手首に巻きつけている、色とりどりのミサンガ。今は制服という規律の中ではずされている。その手を独健は元気いっぱい空へ大きくかかげる。


「おう、お疲れ〜!」

「少し早いですけど、お昼に行くようにだそうです」


 自分より若い後輩の笑顔に、独健は先輩らしく、大人らしく、男らしく、さわやかにうなずいた。


「了解。じゃあ、よろしく」

「はい」

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