結果は十人十色/1
空中に浮かんでいた画面がフェイドアウトするようにすうっと消え去る前に、夫たちから一斉に声が上がった。
「ちょっと待ったっっ!!」
「えぇっ!?」
颯茄はびっくりして、手に持っていた携帯をゴトンとテーブルの上に落とし、駄菓子の空袋がフワフワと飛び回った。
妻が操作するはずだった食堂の明かりはいつまでも最小限のままで、別の夫が勝手に全開にする。
すると、宝石のように異様にキラキラと輝く黄緑色の瞳が、皇帝のような威圧感を持って降臨した。
「本編の最後もう一回出して」
全員の視線が集中している颯茄はぽかんとした顔をする。今の話にこんな反応をするようなところがあったかと思って。
「え……? 大学から出て行くシーンですか?」
「そちらのあとです〜」
凛とした澄んだ声が左側から聞こえてきて、颯茄は携帯電話をつかみ直しながら、意識化でどの場面からでも簡単に再生できる動画アプリを立ち上げた。
「登場人物ですか?」
「いや、そこじゃない。もっとあとだ」
今度は右側から独健の鼻声が聞こえてきて、颯茄は反対に顔を向けた。本当に本当の最後の画面であった、夫たちが待ったをかけたのは。
「ん? あぁ、挿入歌ですか?」
「映して〜?」
孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳がかしげられると、漆黒の髪が肩からさらっと落ちた。
「はい」
颯茄のうなずきとともに、食堂の明かりはすっと消え、空中スクリーンにこの文字が浮かび上がった。
=挿入歌=
十六夜に会いましょう
作詞/颯茄
作曲/颯茄、光命
大したことないように見えるが、明智家では大問題だった。
光命はピアニストで作曲家であるが、妻の曲を作ったのは数えるほどで、この曲は入っていないのだ。それなのにだ。
ラムネのビンをつかみながら、独健が最後の行に照準を絞った。
「どうして、颯と光の連名なんだ?」
次々と質問が投げかけられる。
「リリース間近ということでしょうか〜?」
いちごみるくを両手で抱えていた月命は、彼らを交互に見つめた。颯茄はブラウンの長い髪を横に揺らす。
「違います」
明智家の人々にとっては謎が深まるばかり。ユニットを組んでいる夫婦だが、リリースするわけでもないどころか、
「お前が曲作ってたころって、光生まれてなかったでしょ?」
あり得ない曲ができ上がったいたのだ。焉貴がまだら模様の声を響かせる。颯茄は神妙にうなずいて、急に語り口調になった。
「はい。昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいま――まぁ、そこまで古い話ではないですが、十五年前はゆうに超えてます」
笑いは途中で撤退した。光命の影も形もなかったころの話だ。妻が作曲していたのは。それなのに、連名になっているということで、夫たちから待ったがかかっているのである。
「オリジナル曲〜?」
「そうです。他人の曲を使うわけにはいかないですからね」
「どうして……?」
次々に質問をしてくるな。夫たちは十一人で、妻は一人だ。対応できないのである。颯茄は椅子からパッと立ち上がって、両手を前に出して制した。
「はいはい! きちんと説明します!」
どこかずれているクルミ色の瞳には、物語中にできた歌詞が映っていた。
「これはですね。私だけで最初作ったんです。きちんと完成していて、劇中にもありましたが、ライブハウスでピアノの弾き語りで歌ってた曲のうちのひとつです」
その時は、きちんと音源は残っていたのだ。しかし、その後様々なことがあり、今となっては、CD一枚しか手元にないのである。
「ただ、当時、楽譜にコードしか書いておらず、メロディーが残ってなかったんです。思い出そうとしたんですが、サビの印象的なところしか覚えてなかったんです」
ピンとひらめいた、『十六夜に会いましょう』を劇中に登場させるだったが、そのCDには残念ながらこの曲は入っていなかったのである。
颯茄は頭を悩ませ、崩壊気味な記憶をたどっていたが、出てくるはずもなく。苦悩の姫を、優雅な王子が助けにきたのである。遊線が螺旋を描く芯のある声が続きを話し出した。
「ですから、私が抜け落ちてしまった部分を作曲し直したため、こちらのような連名となったのです」
颯茄と光命としては、ちょっとしたリバイバルだったのだが、夫たちには別の意味に取られてしまったのだった。
「俺たちに内緒で、出したのかと思った」
独健がほっと胸をなでおろした。颯茄は椅子に座って、コーラを引き寄せる。
「いやいや、独健さんのお母さんが社長だから、独健さんに最初に言いますよ」
焉貴は両手で大きく、山吹色のボブ髪をかき上げて、
「出すのまだ先でしょ?」
光命の冷静な水色の瞳は横へ揺れた。
「いいえ。早まる可能性があります」
「どうしてっすか?」
張飛が割って入った。




