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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
翡翠の姫
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死にゆくならば/4

 ごう音にかき消され気味な、リョウカの声がどこまでも物悲しかった。


「……シルレ。いろいろあったけど、今日までの日々、楽しかったわ」

わたくしめもでございます」


 シルレがそう言うと、物心ついた時から身分は違っても、どんな時でもずっと一緒だった思い出が走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。


 リョウカの頬に一筋の涙が静かにこぼれ落ちる、流してはいけないのに。


「……それじゃ、お願いするわ」


 姫の言葉を合図に、侍女は胸元から小さな袋を取り出して、白い粉を姫に振りかけた。


 貴増参はあごに手を当てて、さっきからうかがっていたが、それが何なのか気づいて、


(清めの塩)


 リョウカの白い着物が濁流に一歩一歩近づいゆくのを前にして、貴増参の手が彼女の華奢な肩を引き止めた。


「待ってください」

「はい?」


 当たり前のことを、当たり前にしている。そんな巫女は驚いて、思わず振り返った。貴増参の茶色の瞳は真剣そのものだった。


「君の仕事はもうひとつあったんですね?」


 草の冠が、立派な金のそれに見えるような、威厳を持ったリョウカはしっかりと説明を始めた。


「はい。口寄せとして生きてきて、巫女となり、天災時には自分の身をにえとする。それが私の役目です」


 贄。そういえば、何らかの理由づけになるだろう。だが、それは単なる自殺だ。神が望んでいるはずもなかった。


 しかし、そんなことではなく、貴増参は文化の発達した世界の人間として忠告した。


「君が身を投げたところで、大雨は止みません」

「今までもそうしてきました。そうやって、収まって――」


 生きてきた時代の違いが、どこまでも論争を呼びそうだったが、貴増参がリョウカの言葉を途中でさえぎった。


「収まったのではなく、停滞低気圧などの雨を降らせる大気の状態が変化しただけです」


 それが科学で事実だ。だが、巫女にとって大切なことはそこでなかった。四十八センチも小さいリョウカは、貴増参の優しさの満ちあふれた茶色の瞳をきっとにらみ返した。


「それでは、あなたはそれを止めることができるんですか?」

「僕にもできません」


 貴増参はゆっくりと首を横に振った。科学が発展しても、天災は変えられない。


 だが、それでも、リョウカたちはこの時代を生きているのだ。姫としてやるべきことをするために、彼女はいる。


「みんなの心を、私は少しだけでも安心させることはできます」


 話を挟まれないうちに、次の言葉を、リョウカは続けた。


「民とはこう思うものです。私が贄とならなければ、もっと軽くて済んだのかもしれない。ですが、私が贄となれば、だからこの程度で済んだのかもしれない。同じ結果を見ても、受け取り方が変わります。その後、人々が少しでも幸せで生きていける方法を、私は選びます!」


 大衆心理というものは、そんなものだ。黒だったものが、何かで少しでも変わったら、一気に全員白にひっくり返るのだ。


 死にゆくならば、誰かのために――


 みんなのために何かをしようとしている。考古学者と巫女という立場の違いはあれど、根本的なところは一緒。


 どこかずれていて、頼りがなく、ただの十代の少女だと思っていたが、どうやら自分は甘く見ていたようだ。


 何を言ってもきっと引かないだろう、この巫女は。それならば、一人の大人として、意見は尊重すべきだ。


「それが君の決めた道ですか……」


 リョウカは少しだけ微笑んで見せる。その笑みは、三十代半ばの貴増参よりもずっと大人のものだった。


「いつかこうやって、死ぬ時があるかもしれないと思って生きてきました」


 人の命がここで、目の前でなくなる――


 他の人なら違う対応をするのかもしれない。だが、貴増参は考古学という歴史に携わる身だからこそ、この選択肢を選んだ。


「それでは、僕に君を止める権利はありません」


 ふたりで過ごす明日はもうこない。この嵐のような大雨を何とかしのいでも、語り合うことも、あの歌声も二度と聞けない。それでも見送るのだ。


 リョウカの視界に映る、貴増参が涙でゆらゆらと揺れる。


「巫女として見られてばかりの日々でした。ですが、最後にの私を見てくれて、話をする人に出会えて、いい十八年間でした。天とあなたに感謝をします」


 出会いは突然で、昨日までは何気ない日々の繰り返しだった。だが、奇跡はやってきて、リョウカの幸せという価値観を変えていった。


 巫女という役目を全て取っ払ったとこにある、十八歳の少女でいる時が数時間でもあったことは宝物だった。

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