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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
翡翠の姫
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白の巫女/7

 ふたりの視線が一緒に向けられた先には、桃色の質素な着物を着た二十代前半の女が立っていた。手にはお膳を持っており、姫に似て、どこかとぼけている感が漂っている。


「あら? もうそんな時間?」


 振り返った栗皮色の髪の向こうで、女の黄色い瞳は貴増参へと一度向けられたが、


「さようでございます」


 すぐに白の巫女へと戻された。問い詰められるわけでもなく、注意をするわけでもなく、ただそれだけ。


 ゴザの上にきちんと座り直した、リョウカに食事が差し出された。ほのかな食べ物の匂いが香る。


「ありがとう」


 侍女が隣に控えると、巫女は窓を見上げて、少しだけため息をもらした。 


「月が出てないと、やっぱり時間がわからないわね」

「その上、この大雨の連続でございますからね」

「そうね」


 少女と女は頭を同じように並べて、窓の外をしばらく眺め、貴増参を置き去りにしていた。


 大学教授は普段見慣れている女子大生たちの友人の距離より、ふたりの関係性が心なしか近いように感じた。


 虫の音だけが三人の間に涼しげに響いていたが、白の巫女の服が衣擦れの音をともなって、貴増参に振り返った。


「あ、お夕飯は食べましたか?」

「いいえ、夕食前に飛ばされてしまったので……」


 来た方としてはそれであっているが、もともとこの世界にいた、リョウカとしてはおかしい限りで、


「飛ばされた??」


 一時停止したみたいに、瞬きもしなくなった。妙な間が三人に広がる。


「…………」

「…………」

「…………」


 両脇に座っている貴増参と侍女を、リョウカは瞳だけを動かしてうかがっていたが、小さくため息をついた。


「はぁ……」


 険しい顔をして、床の隅を見つめる。


(誰もツッコミがいない……!)


 しかし、何か思いついたように、目を大きく開いた。リョウカは貴増参に振り返って、得意げに微笑む。


「パピルスですか?」

「パピルスをこちらの国では使ってるんですか?」


 拍子抜けするほど、スルーされた昔の紙の名。だがここでくじけては、せっかく軌道に乗せた話がまた脱線してしまうのである。リョウカは素知らぬふりで、


「ここでは使ってませんが、シルレ、どこだったかしら? 以前話していた、商人が言ってたのは……」 


 赤茶の肩につくかつかないかの髪を、後ろでひとつに縛っているシルレは、後れ毛を耳にかけながら、あきれたため息をついた。


「姫さま、相変わらず、記憶力崩壊ですね。三つ先の西の国でございます」

「そちらの国の名前はうかがえますか?」


 貴増参からの質問に、リョウカは落ち着きなくパチパチとまぶたを動かし、侍女の横顔をのぞき込んだ。


「名前は……言ってなかったわよね?」

「はい、申しておりませんでした」


 侍女の返事を聞いて、貴増参は壁に寄りかかり、


「そうですか」


 あごに手を当てて考え始めた。


(過去なのでしょうか? それとも……)


 次の質問が貴増参からやって来る前に、先制攻撃を放たなければ、ボケに挟み撃ちされるのである。リョウカは素早く話を切り出した。


「それで、夕飯は食べますか?」


 対する男は慌てるわけでもなく、どこまでもマイペース。にっこり微笑んで、しっかりと返事を返してきた。


「食べます」


 リョウカは侍女へと振り返って、言葉を続けようとしたが、 


「じゃあ、シルレ――」


 途中でさえぎられた。窓からのぞく夜空を見上げ、シルレは手のひらを天井へ向ける。


「姫さま、それがここのところの雨続きで、作物が腐ってしまい、あまりないのでございます」


 侍女の残念そうなため息がもれると、貴増参は冷たい地面からすっと立ち上がった。


「それでは僕はいただきません」


 リレレイはお膳を持って、貴増参の手が伸ばせる、牢屋のすぐそばへトンと置いた。


「食べないのはよくないです。こちらは差し上げます」


 偽善でも何でもなく、知らない土地へ来て、捕まって不自由している男。白の巫女へと政治がめぐってくれば、解放することは簡単だ。この男の未来はこの先も続くからこそ、英気を養わないと。


 貴増参は腰を壁に預けたままかがみ込んで、姫へお膳を押し返した。姫がいなくなれば、国は迷走するだろう。一人分しかないのなら、考古学者の自分ではなく、為政者いせいしゃにである。


「君の分がなくなります」

「いえ、私は大丈夫――」


 どっちも引かない性格。それぞれの譲れない理由があるからこそ。お膳の行ったり来たりがどこまでも続いていきそうだったが、ふたり同時にお腹がグーッと鳴った。


「あ……」


 相手のことばかりで、自分は後回し。そんなふたりの、優しさの満ちあふれた茶色の瞳と、どこかずれているクルミ色の瞳は、気まずそうに見つめ合った。 


「…………」

「…………」

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