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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
翡翠の姫
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月の魔法/6

「タクシーさんが深夜料金を追加請求する時間です」


 予算は研究に思う存分使いたいのに、交通費として消える。まったく余計な出費。考古学者にとっては頭が痛い限りだ。


 薄墨で書いたような雲が風で流されると、レースのカーテンを通して、月影が部屋へ忍び込んだ。満月ではなく、一日分かけた銀盤が夜空に浮かんでいる。


 ミッドナイトブルーを背にして、背の高い男の影が机から床へと伸びて、月明かりが幻想的な光をオーロラのように降り注がせる。妖精がくるくるとスパイラルを描きながら踊るように。


 カタカタカタ……。


 何かがぶつかり合う音が突如聞こえてきた。地震でも起きたのかと思って、いつ飲んだのかわからない、コーヒーカップの水面に視線を落としたが、どこまでも鏡のようにブレはなかった。


 それでも音は止むことなく、貴増参はあごに手を当てて考える。


「何でしょう?」


 人気のない大学校内で、教授室で、奇怪な音がする。


 カタカタカタカタ……。


 木がぶつかっているような乾いた響き。ライトの縁の外で、薄暗い埃だらけの机の上を、茶色の瞳は眺めていたが、ふとかがみ込むと、


 カタカタカタカタ……。


 もっと下の方から聞こえてきた。


「どちらでしょう?」 


 床に耳を近づけていこうとすると、


 ゴトゴトゴトゴト……。


 音が急に近くなった。服を置きっぱなしにしていた袖机のすぐ上から聞こえてくる。


「鍵をかけてる引き出し……」


 研究に必要なものが入っている場所。その鍵のありかはよく知っている。どこかへ適当に置いても、不思議と記憶に残っている。


 昼間読んでいた本を退けて、小さな鍵を簡単に探り当てた。


 キーを差し込み、暗証番号も解除する。カチャンとロックが外れた音が、一人きりの教授室に響き渡った。


 ゴトゴトゴトゴト……。


 引き出しをゆっくりと手前へ引くと、青緑の淡い光が中から差していた。海面から射し込む陽光を下から浴びているようだった。


 だが、この引き出しの中に、光を発するようなものは入っていない。まぶしくもないそれは、海岸へと押し寄せる波を横から見たような、曲線を描くものだった。 


 身に覚えのないもの――


 月影が差し込む窓を背にして、光るものへと無防備にそうっと手を伸ばす。


 熱があるわけでもなく、何か変わるわけでもない。引き出しから取り出すと、貴増参はその正体を口にした。


勾玉まがたま……」


 近くにあったルーペで、淡い光を避けてレンズをのぞき込む。


翡翠ひすい……みたいです」 


 考古学者の自分にとっては、無縁ではない。だが、今までの出土品にはなかった。研究のことなら、何年前のことでも、頭の中にしっかりと記憶されている。


「どなたが置いたのでしょう?」


 ルーペをはずして、白い膜が張ってある入り口に視線を移したが、グレーの影が落ちていてよく見えなかった。 


「今朝、研究室に入ってきてから、こちらを訪れた人で、机にきた人は誰もいない」


 理論という道筋をたどってゆく。


「そうなると、僕が留守にしていた間……ということになります」


 五年間の空白。誰が何のために。


「ですが、鍵はしまってました」


 合鍵を作ったとしても、暗証番号を突破するのは難しい。なぜなら、自分がこの引き出しを開ける時は、誰も背後に立っていなかった。つまりは、数字の並びは誰も知らない。


 外から。レースのカーテン越しに。それも少しおかしい。自分は、昼間きた明引呼に比べたら、ガタイがいいとは言えない。


 しかし、背丈は彼より高い。肩幅もそれなりにある。角度的に外からも見えない。だが、手の中には光る勾玉があり、事実として確定してしまっている。


「どのようにしたら、このようなことが起きるんでしょう?」


 研究という現実世界で生きている自分には、答えの出ないものに出くわしてしまった。いや、どこかに答えがあるのに、自分が気づかないだけかもしれない。 


 貴増参は引き出しから立ち上がって、レースのカーテンを片手でさっと開け、秋空に浮かぶ銀盤を向こうにして、勾玉をかざしてみた。


 青緑の光が茶色の瞳に透明な色を落とすと、サーっという水が流れる音がどこからかして、急にあたりが真っ白になり、思わず目をつむった。


「っ!」


 机の上に乗っていた資料がパサパサと床へなだれ落ちる音がし始める。ふさぎ止める貴増参の茶色のビジネスシューズがあるはずなのに見当たらない。


 それどころか、妖精に魔法でもかけられたように、考古学者の姿は真夜中の教授室のどこからもいなくなっていた。

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