アドリブと三角関係/2
「あと五人どうしたんだ?」
「明引呼さんは姿だけちょっと出てきたんです。貴増参さんはのちのち出てくる予定も決まってたんです。ですが、独健さんがどうやっても入らなかった……。しかも、そのあと張飛さんもやってきて……」
颯茄は打ちのめされたように、テーブルに突っ伏した。
「颯茄ちゃんはやられちゃったわけか」
燿がくすりと笑う。
食べかけのゼリーを手で押さえて、独健は困った顔をした。
「俺としては、八人でもいいって言ったんだが……」
「俺っちはそれ初めて聞いたっす」
張飛が串カツをかじりながら言った。
「もう諦めたあとだったから、言わなかったんです」
ピーチソーダのグラスが傾いて、漆黒の長い髪がサラサラと孔明の白いシャツの肩から落ちた。
「颯ちゃんが言うこと聞かなかったかも〜?」
「お前がこだわっているからだろう」
左斜め前で、酢昆布の粉が手についているのが、どうにも許せない蓮に、颯茄はティッシュの箱をテーブルの上で滑らせ渡した。
「十三人で夫婦なんです! だから、一人でも欠けちゃいけないんです」
「俺も出す気だったの?」
「その頃はまだ、燿さんの影形もなかったけど、やれるものならやってみたい」
燿の左隣で颯茄はひとり意気込んだ。
「俺も加わって、大変なことになったんだね?」
「そうです。役どころが思いつかなくて、お手上げです」
雅威にきかれて、颯茄は白旗を上げた。
「元のはどうしちゃったんですか?」
夕霧命が食べているきなこ棒を間に挟んで、貴増参から質問が上がった。夫たちの視線が、妻に集中する。
気になるのだ。あれだけ取材されたのだから。男性自身の描写をしていいかという確認までされた台本だった。
いくら夫婦でも、勝手に書くわけにはいかない。プライベート中のプライベートなのだから。だが立ちはだかった複数婚に、妻はしょんぼりとした。
「個人的に書こうかなと思ってます……」
山吹色のボブ髪を両手でかき上げ、
「まぁ、三人が十二人になっちゃったら無理があるね」
焉貴が綺麗にまとめ上げた。登場人物が一気に四倍。妻の今の技術では追いつかなかった。
少しの間、駄菓子の包み紙をいじる音だけが響いていたが、自分の飲み物があるはずなのに、オレンジジュースを追加で頼んだ、孔明が間延びした声で聞いてきた。
「知礼ちゃんと颯ちゃんの居酒屋のシーンはどうしちゃったの〜?」
あのオレンジジュースが誰の手に渡るのか知っている妻は、脳裏に小さな人を思い浮かべながら、ため息をついた。
ラムネのビー玉をガラス瓶にカランと落とした、独健が鼻声で尋ねてきた。
「どうして、あんなに会話が崩壊してたんだ?」
「独健、てめえ一緒に出てたんだろ?」
即行、明引呼からツッコミが入った。思いっきり知礼の彼氏で出ていた。だが、独健にも言い分はあった。
「ふたりだけのシーンだったからな。撮ってるところは見てなかった」
遊線が螺旋を描く優雅な声が食卓に舞った。
「夕霧は見ていたのですか?」
「俺も今初めて見た」
女たちだけの秘密。颯茄は思いついてしまうのだ。眠り病で家族を亡くし、そんな悲しみの中で生きている人々の苦悩を描く……。
そうではなく、それでも明るく強く生きていこうという、方向転換、発想転換をしてしまうのだ。どうやっても。
「あれは前半部分はきちんと台本があったんです。後半部分はフリーでお願いしますに変えたんです」
「それでか」
ボケている知礼を野放しにすると、今のようになるのであった。全ての物語に出ている彼女。この先もギャグシーンが出てくることは約束されたのだ。
颯茄が思い出し笑いをして、少しだけ微笑むと、左隣に座っていた夕霧命のはしばみ色の瞳が細められた。
「再生している間、光が笑っていた」
「これは、隠れんぼのお礼なので、笑っていただければいいんです」
もっともらしい理由を、ギャグ仕様の妻は告げた。
「大爆笑してたよな?」
独健が同意を求めたが、光命はミルクティーが残っているのに、いちごみるくを取り寄せていた。
颯茄はそれが誰に渡るのかわかっていたが、脳裏に小さな人を思い浮かべたまま問いかけた。
「光さん、そんなに面白かったですか?」




