妻への罠について
陽気な音楽が流れると、女の声が乗った。
「ご機嫌よう。水色桔梗ラジオ第三回。今回のゲストは帝国一の頭脳を持つ孔明さんです」
「呼ばれた」
「そう、呼んだ」
「ボク、何かした〜?」
「しましたよ。『後ろから抱きしめて!』の回で、私を混乱に陥れたことがあると出てました。どんなことをしたのかをぜひ聞きたいと、読者の方々からメールなど多数いただきました」
「そう」
「まずは、どうやって結婚したかを話さないと、話がつながっていかないですよね」
「ねえ、なんで、颯ちゃん、敬語なの?」
「いや、ラジオだから」
「ボクは違うでしょ?」
「いや、ボクは外では、一人称、つまり自分のことを『私』と言って、ですます口調じゃないですか」
「それはお仕事だから」
「っていうか、話ちょっとそれてます」
颯茄は一息ついて、気持ちを入れ替えた。
「私、孔明さんのことは結婚する十四年前から知ってはいたんですよ。ただ風の噂に聞いただけで、会ったことはなかったんです」
「そう。ボクは颯ちゃんの存在すら知らなかった」
「で、これは夕霧さんの時とかぶるんですけど、孔明さんを好きな旦那がうちにいたわけです。で、結婚することになった」
「颯ちゃん、急に結婚することになってどう思ったの?」
「いや〜、困りましたよ。恋愛対象じゃ全然なかったからね」
「ボクもそう」
「こんな出会いをして、というか結婚をしたわけです」
「うん」
「で、コミュニケーションを取ることが何よりも大切なことじゃないですか」
「そうだね」
「だから、話をするわけですよ」
「うん、そしたら?」
「この人、っていうか、孔明さん、毎回、一人称が違うわ、雰囲気違うわで、どれが本当の孔明さん? って首を傾げいてばかりになったんです」
「ふふっ」
「俺って言ってたかと思うと、ボクだったり、私って言ったりで、困り果てました」
「それ見てて、ちょっと面白かった」
「これですよ。悪戯坊主は」
「俺って言われてどう思ったの?」
「ん〜、ちょっとイメージと違うって思った」
「ボクって言われた時は?」
「可愛くて、ふんわりしてる。あと、好青年なところがしっくりきた」
「私は?」
「それは他人行儀な感じがして、距離を感じると思った」
「で、結局、孔明さんは私に何をしてたんですか?」
「どれが、颯ちゃんのボクに対するイメージなのかを測ってたの。颯ちゃんに合わせて話した方が、仲良くなるの早いでしょ?」
「ちなみに聞きたいんですけど、私を愛せるって自信ありました?」
「なかったら、結婚しないんじゃない?」
「そういうことか。じゃあ、他の人もあったのかな?」
「それはボクじゃなくて、みんなに聞かないとね」
「そうだね」
エンティングテーマが小さく流れ始めた。
「はい、時間になりました。孔明さん、ラジオ出演どうでした?」
「ボク、仕事でも出たりしてるから、結構慣れてるかも?」
「さすが大先生違う。パーティとか講演とかするんだもんね。それも大切な仕事のひとつだからね?」
「そうかも?」
「それではみなさん、ご機嫌よう」
音楽が大きくなりやがて静寂が訪れた。
と思ったら、ちょっと控えめの音楽が聞こえてきた。春風をまとったような孔明の声がしゃべり出す。
「ボクね、帰ろうとしたら、塾の生徒であるスタッフにつかまっちゃった」
少し声を低くして、スタッフの話し方を真似る。
「先生、奥さんだましたままじゃないですか、だって」
孔明は扇子を開いて、パタパタと仰ぎ始めた。
「ボクがだましてるんじゃなくて、颯ちゃんが気づかなかったの」
手元の原稿などどこにもない大先生は話続ける。
「相手に合わせる理由なんだけど、本当は罠にはめやすくするためかも?」
わざと語尾を疑問形にした。
「だってそうでしょ? 親近感の湧く相手に警戒はしない。この可能性が非常に高い」
スタッフルームから拍手が巻き起こった。孔明は少し色っぽく言う。
「孔明の特別講座で・し・た!」
ひゅるひゅると巻き戻したような音が響き、本当に静寂がやってきた。




