前途多難なファンタジー/1
――――按兵不動。虎視眈眈。
食後のデザート。パンナコッタの白に三種のベリーソースが、崩した山肌をとろりと落ちてゆく。妻はスプーンをガラスの器に何気なく置いた。
どこかずれているクルミ色の瞳は、十二人の夫たちをそうっとうかがう。顔は動かさず、視線だけで。
誰も妻を見ていない。ある意味悲しいことだが、今はいいだろう。OUT OF 眼中。切ないことだが、今はいいだろう。
あのデジタル頭脳の持ち主、光命、焉貴、月命、孔明も気づいていない。それぞれ話をしたり、お茶をまったりと飲んでいる。
颯茄ははやる気持ちを抑えつつ、両手を上げて、みんなを注目させた。
「はいはい!」
一斉にこっちへ向く、夫たちの視線が。いや違う。イケメンたちの視線が。何て、素晴らしい眺めなのだろう。
「何?」
「どうしたんだ?」
「何だ?」
12P妄想に落ちる前に言わなくてはいけない。今日は惚けている場合ではない。妻も実はできる、物に瞬間移動をかけるだ。自室から呼び寄せた紙袋を、テーブルの上にドサっと置いた。
「この間のかくれんぼのお礼と思ってですね。いい企画を持ってきました」
「企画?」
夫たちが全員声をそろえた。颯茄は紙袋の中から、薄い本のようなものを取り出しながら、
「はい。ラブストーリーをみんなで演じようというものです」
妻の書き下ろしたシナリオが登場。結婚しているのに、今さらながら恋愛ものをやるという。暴走以外の何物でもない話。
文句が出るかと思いきや、夫たちはスプーンをそれぞれ手から離して、
「戦隊ものじゃないならいい……」
「それは全員に却下されたので、入れてません。安心してください」
十二人も夫がいるのに、全会一致で拒絶されたジャンル。妻は未だに諦めてはおらず、紙袋を下げながらため息をつく。
「レッドとかブルーとかで、必殺技の名前言ってポーズ取って、やりたかったんだけどなぁ〜。宇宙の平和をみんなで守っ――」
「いいから、先に進ませろ」
颯茄の右隣に座っていた夫がまったりと話に入ってきた。
「さっそく混ぜられんの〜?」
やる気の感じられない声色だったが、妻は負けていなかった。
「混ぜるよ、燿さん。配偶者なんだから。我が家に婿にきた人は、演技をするんです!」
「あ、そう」
どうでもいい夫だった。颯茄は少し心配になる。
「恋愛もの却下なの?」
「そんなこと言ってないけど」
「ちなみに戦隊ものは?」
「却下だねえ。それやるなら、一生尻に敷くからね」
金色の瞳に冷たく睨まれ、颯茄はなぜか震え上がりそうになったが、
「なんで、お仕置きみたいなことになってるんだろう……ま、いいや」
真正面を向いて気持ちをサッと切り替えた。彼女は数冊の本を大切に抱え込み、夢見がちに微笑む。
「え〜っとですね。旦那さま一人を主役として、私が恋人役で、恋愛をするという話の流れです」
夫と妻でラブストーリー。ニヤケが止まらない颯茄に、夫たちから同じ問題点が何度も突きつけられる。
焉貴のまだら模様の声が即行、皇帝みたいな威圧感で飛んできた。
「お前がやんの?」
「恋愛もの、できるのか?」
独健が心配そうな顔をしている隣で、孔明が小首をかしげる。
「颯ちゃん、また失敗しちゃった〜?」
「明日、世界は崩壊するかもしれませんね――」
線の細い銀の伊達メガネをかけていた光命が、ティーカップをソーサーへ置いた。あんな大恋愛の末に結婚したのに、こんな言葉を言われるとは切ないを通り越して、サディスティックである。颯茄は力なくテーブルクロスに突っ伏す。
「天地がひっくり返るじゃなくて、世界がなくなるだなんて……」
「てめぇ、恋愛仕様じゃねぇだろ」
明引呼の手が颯茄のブラウスの腕をパシンと叩き、貴増参の羽布団みたいな柔らかな声が綺麗にしめくくった。
「初恋が最近だった、我が家の恋愛鈍感姫です」
見事に撃沈。明智さんちの三女。恋愛などしなくても、生きていけると思っているほどなのである。




