大切なことは何:燿の場合
寝る寸前まではしゃいでいる子供たちは、もう布団中だった。スポットライトのようにシーリングライトを浴びて、まだ酒を飲んでいる颯茄。
その隣にすうっと、誰かの影が立った。
「颯茄ちゃん、お酒もいいけどほどほどだよ」
「いや〜、飲まずにはいられないっていうか、何というか」
声の感じからして、燿。颯茄は髪をいじりながら、また一口酒を飲もうとした。だがしかし、そのグラスを、燿に横取りされてしまう。
「ダメ〜、こっちにこようか」
いつの間にか燿が隣に座っていた。膝を指している。
「膝の上?」
「そう」
「じゃあ、お邪魔して。お酒飲もうかな?」
「颯茄ちゃんはダメ」
背の高い燿は、両肩取れない位置へグラスを持ち上げた。颯茄はしかめっ面をする。
「え、でも、燿さんはモルト飲んでるじゃないですか?」
丸氷にモルトのブラウンがよく映えて、宝石のようだった。
「俺は今、仕事が順調で、癒してるからいいの」
「えぇ〜、スランプの私も飲みたい〜」
颯茄は燿の膝の上で、ジタバタした。
「飲んだから、スランプ解消するの?」
痛いところをいきなり突かれ、颯茄はしどろもどろになる。
「それは……しないかもしれないですけど……」
大きな皿がひとつテーブルに現れた。
「おとなしく残した夕飯食べてなさい」
「はい」
颯茄はフォークでパスタを一巻きする。口へ運び入れると、笑顔に変わった。
「あ、美味しいこのパスタ。お肉がジューシーで」
「でしょ? たまにはきちんと食事摂りなさいな」
「あったかい物は温かいまま、冷たい物は冷たいまま、永遠の世界っていいですね」
「そう。時間はいくらでもある」
「ありますけど、連載止まってしまいそうなんです」
仕事に期限があるのは、天国でも一緒。
「そうしたら、休めばいいでしょ」
「それもそうなんですけど、担当さんに聞いたら、少しずつ書けばいいんですよ、って言われました」
「俺だって、いつもいいデザインが描ける訳じゃない。期限は大切だけど、一番大切なものを忘れちゃってるね、颯茄ちゃんは」
空になった皿を見ながら少し考えてから、颯茄は答えを出した。
「心ですか?」
「そう。だから、書けないんじゃない?」
「確かに忘れてました」
燿は少しだけ微笑んで、颯茄は優しく抱きしめる。
「そう。温泉行こうか?」
「あ、家の中にある温泉ですね」
「そう。じゃあ」
チャプンと水の跳ねる音がすると同時に、服はなくなり、お湯に浸かっていた。
「はあ、疲れが取れる〜」
颯茄は両腕をあげて、大きく伸びをする。長い髪が温泉で濡れている燿は、いつにも増して美麗だった。
「長い間、入ってなかったてでしょ?」
「すっかり忘れてました。こんな癒しの場所が家にあることを」
「一点に集中しすぎ」
「そうですね」
肩を並べて、大きなグレーターが見える紫の月を、二人して眺める。
「愛してる人たちがたくさんいるんだから」
「その愛にも応えなくちゃいけませんね」
視野が狭くなっていた颯茄は、燿に救われた。燿の声が引っ掛かりのある低いものに変わる。
「だから……」
「ん……」
夜風を感じながら、二人はキスをした。燿は颯茄の頬を優しくなでながら、
「あとで俺の部屋へおいで」
「はい」
颯茄の体温が一、二度上がった気がした。




