光を想って:蓮の場合
今日も今日とて、小説は進まない。葉巻をふかし、ジンのショットをクイっと煽る。もう何杯目かの時、背後から低いが人を惹きつけるような声が響いた。
「おい」
「え、何?」
振り返ると、蓮が何の乱れもない服装で立っていた。
「こっちにこい」
「何で?」
今、酒がいいところなんだ。途中で止めるわけには……。そんなことはお構いなしで、蓮は颯茄を物のように強くつかんで、半ば無理やりに立たせた。
「何でもいいから早くしろ」
「もう、飲んでる途中なのに……」
ショットグラスを離し、颯茄はされるがまま蓮に瞬間移動をかけられた。
場所は変わって――。
「酒なら用意してやった」
そう言って、さっきまで飲んできたものと同じものを、颯茄の前に差し出した。ショットグラスと受け取りながら、颯茄はどこにいるのか気づく。
「あれ? ここプラネタリウム」
「黙って、星でも見ていろ」
「うん、そうする」
星を見ながら、酒を飲むなんて乙なものだ。颯茄はしめしめと思って、黙って従った。音声ガイダンスの通りに星を眺めていると、
(綺麗だな)
感心したが、隣にいる蓮は身じろぎひとつしない。颯茄は心配になって、
「寝てないよね?」
「寝てなどいない。俺のことより星を見ろ」
「了解」
そのうち、音声ガイダンスが遠くに聞こえるようになった。
『このように、この赤い星は……』
「赤い星は……赤い星は……赤い……むにゃむにゃ……」
何とか目を開けていようとしたが、颯茄は睡魔に勝てなかった。
いつもは見せない可愛らしい笑顔で、蓮は颯茄に毛布をかけてあげる。蓮はいつも知っていたのだ、妻が眠そうな顔をして酒を飲んでいるのを。ここなら、誰にも邪魔されず眠れると。
プラネタリウムは終わってしまった。蓮は瞬間移動で、音楽再生メディアをヘッドフォンを呼び寄せた。音楽を聴き始める。
しばらくすると、颯茄が目を覚ました。
「ん……あ、あれ? もしかして、寝ちゃった?」
「そうだ」
「あぁ、せっかくいい話だったのに」
「……♪」
ベッドフォンを外さす、蓮はリズムをとっていた。密閉型でも外の音が聞こえるヘッドフォン。颯茄は話しかける。
「何聞いてるの?」
「『あかんべー』のマスタリングしたやつだ」
「あ、私も聞きたい。どうなったのか」
もう一つヘッドフォンが現れて、颯茄に渡される。
再生ボタンを押すと、派手なギターが奏でられた。そのギターに負けず劣らずな、颯茄のいつもの声と違う迫力のある歌声が響いてきた。
「もう少し歌上手く歌えたらなあ」
「今更言っても、もう手遅れだ」
「まあ、そうなんだけども」
「お前は一生懸命やった。それだけだ」
「褒めてるの?」
曲はサビに入り、颯茄に声量が爆発する。
「そうだ、他に何がある。お前は人間臭さが売りだ」
「明日雪が降るかもしれないね」
颯茄は本気で思った。蓮は超不機嫌な顔をする。
「今の言葉は帳消しにしてやる。ありがたく、思え」
「いやいや、冗談だって」
少し笑いながら、颯茄は手をゆらゆらと横に揺らした。
「二人きりなんて久しぶりだね」
「お前はいつも光のそばにいるからな」
「それが当たり前になってた。けど、最初は蓮と結婚したんだよね。もうずいぶん長く夫婦やってるね」
「そうだ」
あのレストランで出会ってから、いつだってそばにいて、ケンカばかりだったが、幸せな日々だった。
「それに子供も増えたよね。今は二百人越えで、誰が誰だか覚えるのに四苦八苦。家も改築してさ。地球一個分の広さの家。すごいね。ここまでくると、それにさ――」
「お前少しは黙れ」
「え……?」
颯茄が驚いている隙に、彼女の細い指をいくつか、蓮はすくい取った。耳元に頬を寄せ、指輪にはめられたいくつもの宝石をなぞる。
「光のことをお互い考えながらするっていうのはどうだ?」
「そうか。そういうこともできちゃうんだ」
十三人で夫婦なのだ。お互いの愛している人を想って、夜を楽しむ。
「どうする?」
「そうする」
二人が瞬間移動でいなくなると、プラネタリウムの明かりはすうっと月が落ちていくように暗くなった。




