Time of repentance/4
ダルレシアンは事実から可能性を導き出して、シュトライツ国のクーデターを起こしていた。だが、それが本当に成功するかどうかは、邪神界が狙っている現状では、神の力がなければ思惑通りには進まないのだ。
その神の思っていたことが今、暴露されて、崇剛は笑わずにいられなかった。
「お前、こう思ってんでしょ?」
神の御前では、人間は心まで裸だ。
「自分がイメージしてた神様と全然違うって」
「えぇ」
優雅にうなずいただけで、崇剛はまた笑い出した。ですます口調で話し、威厳あふれる存在が神だと信じていたが、実際はまったく違っていた。
目の前にいる神は、白いシャツはひとつしかボタンをかけず、鎖骨が見えるくらいはだけていた。耳にピアスをして、黄色いサングラスをかけ、ペンダントもシルバーのリングもつけている、いわゆる、チャラい格好だった。
ナールの彫りの深い顔はナルシスト的に微笑み、
「心が大切だからさ、口調が砕けててもいいよね?」
「主のおっしゃる通りです」
神の御心を前にして、崇剛は笑いの渦から戻ってきた。
瞬きをするくらい短い間で、ナールと崇剛は晴れ渡る青空の下に浮かんでいた――。
足元は緑の絨毯が広がり、吹いてくる風に気持ちよさそうにゆらゆらと揺れている。遠くの山々が描く美しい曲線。眩しいほどの光が妖精のようにあちこちに尾を引いて、くるくると飛び回る。
崇剛はナールの前にひれ伏した。
「四月二十一日、木曜日。悪霊に襲われた日、私を見守っていてくださってありがとうございます」
「そうね。あれはかなり厳しい厄落としだったの」
ナールはしゃがみ込んで、崇剛のあごに手を当て、半開きになった口に、神の力で出したマスカットを綺麗な指先で軽く押し入れた。
口の中に転がり込んできた、冷たい塊――果実を噛み砕くと、ほどばしる汁に思わずエクスタシーの吐息を、崇剛はもらす。
禁断の果実とは、まさしくこのことだった。地上にあるどんな果物よりも、甘美な味と香りが、体に――いや心――魂に染み込んでゆき、神父は恍惚とする。
「ダルレシアンと出会うための厄落としだったのですか?」
「そう。相手がいるからさ、時間も限られてるでしょ? だから、半年で何とかすると、ああなっちゃったんだよね」
唇の端からこぼれ出た果汁を、神経質な指先で拭い、崇剛はナールの次の言葉をただ待った。
「それに、メシア持ってるダルレシアンがお前のそばにくれば、人生がいい方向に色々と変わるよね? 邪神界と戦うにしても、魔導師のメシアもあると全然違うじゃん?」
「えぇ」
果実に魅了された人間の男は気がつくと、神に草原の上に押し倒されていた。重力に逆らえず落ちてくるボブ髪の間にある、ルビーのように輝く赤い目ふたつ。
「そうなると、お前の未来も全然違っちゃうじゃん?」
淫らに流れた紺の髪は、ナールの指先で神経質な頬からそっと払われる。あまりの心地よさに、冷静な水色の瞳はまぶたに隠された。
神とひとつになる――
「そういう大きな変化が起きる前って、死ぬほど苦しい厄落としが必要なの。今回は魂が切断されて、死ぬ寸前になる、だったの。でも、本当に死んじゃったら、意味ないじゃん? だから、ずっと見てたわけ」
頬をなでる神の手がめまいを呼ぶように、ぐるぐると意識が回り出す。真っ逆さまに楽園へ落ちてゆくようでありながら、絶対的な安心感が、崇剛を包む。
――ふと立っている感覚を覚え、崇剛はゆっくり瞳を開けた。青い光のシャワーが下から噴水のように天へ登っていた。天地が逆転している聖堂――神と人間は同じ高さで向かい合う。
パイプオルガンの荘厳な音色に、遊線が螺旋を描く優雅な声が混じった。
「夜見の交差点へ向かった時は、守護をしてくださっただけですか?」




