Time of repentance/3
四月二十九日、金曜日。十時四十三分十五秒以降――
朝食後に、執事の不手際を叱るために罠を仕掛け、聖霊寮に拘束されていて、予約をキャンセルした恩田 元を待つために、診療室の机で読んだ本は、世界のメシアの歴史――
変化のメシア。
二百五十二年前、花冠国。
詳細は何も載っていませんでしたが、別の事実が出てきました。
十月二十日、木曜日。九時十七分十九秒以降――
デジタルに居場所は変わり、べジュダージュ荘の玄関前にある石畳に、崇剛は立っていた。執事に部屋を整えるように命令し、聖霊寮に今回の事件の結果を報告しようと、ダルレシアンと一緒にリムジンで向かう途中――
ダルレシアンの前世は天都 レオンでした。
レオンの妻が変化のメシアを保有していたと記録されています。
ナール天使が天使であるとするならば、神からメシアを与えられた――という可能性が一番が高いのです。
しかし、メシアは神が人間に与えたものです。
従って、ナール天使が自ら作ったメシアである可能性が99.99%――
すなわち、メシアは与えられたのではなく、彼自身が持っている――――
――そうしてようやく、崇剛は青い光のシャワーが降り注ぐ聖堂へ立っている、今へと意識が戻ってきた。
裸足で身廊に立ち、強烈な印象を放つ赤い目がじっと崇剛を見ている。崇剛は冷静な水色の瞳をついっと細めた。
今、ナール天使がおっしゃった――
『何、懺悔?』
『いいよ、聞くよ?』
懺悔を聞くのは天使ではなく――神です。
従って、ナールが神であるという可能性が99.99%――
しかしながら――
「主よ、なぜ、天使の姿をされているのですか?」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が聖堂に響き渡ると、ナールはナルシスト的に微笑んで、次の瞬間には、崇剛のすぐ前に立っていた。光る輪っかと立派な両翼をつけて。
「そのまま地上に降りてきちゃうと、それだけで惑星ごと壊れちゃうの、神様だと力が強すぎてね」
「なぜ、こちらのようなことをされてまで、地上へ降臨していらっしゃるのですか?」
崇剛が聞き終えると同時に、ナールの姿は消え去り、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声が背後から聞こえてきた。
「神様って、天使までみんな守護するじゃん?」
「えぇ」
崇剛が振り返ると、青い光が降り注ぐステンドグラスを背中にして、ナールが神の畏敬を持って、宙に浮かんでいた。人を遥かに超えた存在への畏れが聖堂の隅々まで、全身を麻痺させるようにビリビリと広がった。
ピンと縦に線が一本通ったような緊張感のまま、ナールは祭壇の前の身廊へと降りてきた。裸足で青い絨毯を踏むが、思わずひれ伏してしまうような威圧感があった。それなのに、紡がれる言葉は、街角でナンパをするような軽薄的なものだった。
「だからさ、同じ立場にならないと、細かいことまでわかんないじゃん? どんなことがどれくらいできるのかとか、できないとかさ。だから、天使になって地上に降りてんの」
「神の慈愛なのですね」
「そうね」
神の力で、聖堂は一瞬にして、宇宙空間へと変わった――。遠くで彗星が尾を引いて流れてゆく。
器用さが目立つ手で、山吹色のボブ髪が大きくかき上げられた。
「神様、マジで大変。俺さ、ダルレシアンのほう中心に守ってたんだけど、あいつ、理論的に考えてるから敵に筒抜けで、どんどん狙われちゃってさ。俺一人で対峙したんだけど、マジで疲れたね。メシア渡してるやつを守護する時は、体制を改善しないといけないね」
緑色がにじむ銀河の隣で、崇剛は手の甲を中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。
「…………」
そうして、肩を小刻みに震わせながら、何も言えなくなり、彼なりの大爆笑を始めた。




