始まりの晩餐/9
雨でにじむ窓が余計に不安をかき立てる。雷鳴は耳をつんざくほど爆音で、時折り落雷の衝撃で地面がぐらっと揺れる。
「しかも、外からストレンジな音がするんだよな。ブーンブーンっていう低い音が」
「な、何の音だ?」
確かに聞こえてくる。激しい雨音と雷鳴の合間に、何かが鋭く回転しているのに、鈍い音という矛盾しているものが。
「さっきから、雷はすぐ近くにバンバン落ちててよ、土砂降りで窓から外は全然見えねえんだ」
立ち止まっている涼介を置いて、彰彦は廊下を歩いてゆく。
「がよ、人がいなくなってんなら、目え背けるわけにはいかねえだろ?」
不気味な音は数を増していたが、涼介は心に言い聞かせる。ただの夕立だと――。
「そうだな。それが刑事のお前の仕事だからな」
彰彦は雨が叩きつける窓に寄って、手のひらを当ててみるが、凍りつくような冷たさが広がった。
「窓の外見たんだよ。たらよ、血みてえに真っ赤な目が列作って並んでんだ。まるで霊柩車みたいだったぜ」
「れ、霊柩車!? こ、怖っ!」
涼介は落雷でも受けたように、びくっとした。危機が迫っていると、彰彦は廊下を急に走り出す。
「で、これは止めねえとヤバイって思ってよ。ガキどもが歩いてくほうに全力で走っていってみると、そこは出口でよ」
慌ててあとを追いかけた涼介は、靴が規則正しく並ぶ空間へやってきた。ひどい違和感を覚える。
「出口、ん?」
雨音は直接耳に入り込み、さっきより鮮明に鋭く地面に叩きつける。外は闇ではなく、クリーム色の光で空から落ちてくる滴が描く線を照らし出していた。生徒がひとり大きな塊に飲み込まれてゆく。
「ガキどもの親が、雨に濡れねえように、車で学校に迎えにきてたってわけだ」
「赤い目って、車のテールランプか?」
涼介が見ている前で、生徒がまたひとり迎えの車に乗り込み、見送る視界には車のライトが暗闇に冴えていた。
「それ以外に何があんだよ?」
彰彦は挑発的なブルーグレーの瞳を、涼介へやった――――
*
涼介と彰彦は現実へと戻ってきた――。ぬるくなってしまったビールのグラスから手を離して、涼介は大声を上げた。
「あっ! お前、今の話全部、作り話だろ?」
「今頃気づくなよ。話せるわけねえだろ。守秘義務があんだからよ」
お前まで罠を仕掛けてきて――。涼介はビールをガブガブと飲み干した。
「お前、明日の弁当、ハート型にしてやる!」
執事攻撃を放ったが、兄貴はびくともせず、ショットグラスを傾けた。
「新婚さんの愛妻弁当にすんなよ」
涼介は大きく伸びをして、「まあ、それは冗談だ」少しだけ微笑んだ。「他の国と関係する事件って実際にあるのか?」
お化けに国境はないのだろう――。彰彦は放置された事件を目で追う毎日で、それをよく思い知らされる。
「あるにはあるけどよ。国内の事件整理するだけで、手一杯だな」
「そうか。お前もメシア持つようになるのかもな――」
涼介はチーズの盛り合わせから一塊取り、口の中へ放り投げた。
彰彦は楽しそうに話している、崇剛とダルレシアンをうかがった。執事は何か聞いているのかと思って。
「どっから、その話出てきたんだよ?」
だが、
「何となくだ。そんな気がする」
やはり感覚的な涼介だった。彰彦は面白そうに笑う。
「適当言いやがって」――




