始まりの晩餐/5
自身の意見が言える――立派なことだと、彰彦は思って頭を下げた。
「すまねえな、瞬。オレの真似するんじゃねえ」
瑠璃との話に夢中で、向かいの席に座っていた大人のすることなど、視界に入っていなかった。瞬はテーブルに手をついて背伸びをした。するとそこには、ジーパンの長い足がもうひとつの椅子を陣取って、フリーダムに横たわっていた。
瞬はうんと大きくうなずいて、フォークを持つ手を元気よく上げた。
「わかった〜!」
「そっち注意しろよ」彰彦はジンのショットグラスを一気にカラにして、子供の父親をチラッと見た。
ひと段落ついたのを確認して、ダルレシアンはデジタルにさっきまでしていた会話を、崇剛とし始めた。
「二階の一番東の部屋は、景色を楽しむために、廊下と隣の部屋に面していないところは、全て窓にしたんだ」
ちぎったパンを口に入れたダルレシアンから斜め前の席で、崇剛は料理にはあまり手をつけず、両肘をテーブルへついて優雅に微笑んでいた。
「今は瑠璃の部屋になっています。ですから、私たちは掃除の時以外は入ってはいません」
「そう。百年前――」
新しくショットグラスが満たされると、彰彦の耳に今度は向かいの席に座っている瞬の声が聞こえてくるが、幽霊――瑠璃の話が抜けていて、不明瞭な会話になっていた。
「るりちゃん、きょうね、かきをおにわでとったんだよ」
「あまくておいしかった?」
「そうだよ」
「うん、でも、あれは『しぶい』? びっくりするあじだよ」
「たべてみたい」
虫でも食ったみたいな内容で、隣で黙々と食べている執事を、彰彦はうかがった。この男にも、自分と同じように聞こえているのだろう。混乱する――。
サーモンのムニエルをナイフで切り始めたダルレシアンは食事に少しだけ集中していた。しかし、魔導師のすぐ近くで、ビールの缶が勝手に宙へ浮いて、グラスに酒を注いでいる。
ダルレシアンがどんなことに魔法を使うのかを、パーセンテージとカウントをつけて、デジタルに脳に記憶する崇剛は同時に、今の瞬がしていた会話履歴を綺麗に脳裏へしまった。
「るりちゃん、きょうね、かきをおにわでとったんだよ」
「もうそんな季節かの。昔はよく食べたもんじゃ」
「あまくておいしかった?」
「美味じゃった。表の庭で取ったのかの?」
「そうだよ」
「西のほうにも柿の木があるじゃろ?」
「うん、でも、あれは『しぶい』? びっくりするあじだよ」
「あれはの。干してから食べると、甘くなっての、また美味なのじゃ」
「たべてみたい」
「明日の――」
そこへ、マダラ模様の声がにわかに混ざってきた。
「いいね。柿、食べたいね。できれば、マスカットがいいけど」
「貴様、それ以外に食べ物を知らないのか?」
「俺、フルーツしか口にしないの」
シズキとナールの声だった。真正面から聞こえてくると思って、霊視してみると、ラジュを囲んで、左右に天使たちがテーブルにずらっと並んでいた。それぞれの前には、自分たちと同じメニューの料理が置かれている。
ラジュは珍しく表情を曇らせていた。
「おや〜? 私の好みは焼き魚なんです〜」
皿まで食いそうな勢いでガツガツと食べていたアドスは、口の中にある物を急いで飲み込んで、
「ムニエルでも魚は魚っすよ。うまいっす」
しかし、ラジュの機嫌は直らず、サファイアブルーの瞳が片方だけまぶたから解放された。
「一度も食卓に出てきたことがないんです〜。涼介を少々お仕置きしましょうか〜?」
その目は見なかったほうがよかったと後悔するような、絶望的なブラックホールが広がっているようだった。執事が天使に呪い殺されそうな現実を前にしても、崇剛はサングリアを楽しみながら、まるで映画でも見ているように、天使たちの晩餐を眺めていた。




