始まりの晩餐/3
ウェスタンブーツは半歩下がって、ダルレシアンと談笑している、優雅な主人をチラッと見た。
「崇剛の野郎、バーで銘柄まで記憶しやがって」
「無事に終わったら、人質を解放してやる」
やけにノリのいい執事で、彰彦は思わず本職が出てしまった。
「誘拐犯なら、しょっ引いて――」
いい感じで掛け合いが始まるかと思いきや、
「口動かしてないで、手を動かせ」執事兼コックから注意された。どうやら、本気で生クリームをプリンに飾りつけろと言っているようだった。
「ったく。あぁ〜っと……」
すぐ近くに三角形の布が落ちていた。ひょいと持ち上げて、星型みたいな穴が開いているのを見つけた。彰彦はピンときた。この袋の中に生クリームを入れて、ここから押し出して、プリンに乗っけるのだと。
「綺麗に盛りつけろよ」
「コックみてえにこだわってんな」
できるだけ早く終わるように、豪快にヘラですくい上げて、布の中に入れてゆく。
「俺はここにくる前は、料理屋をやってたからな」
ミルクパンを火から下ろして、涼介は小さなポットに、ブランデーをひとまず入れた。
「カミさんとってか?」彰彦はかがみ込んで、生クリームが出てくるのをじっと見つめる。まるで綿の花が咲いたみたいに、白い丸がフワッと現れる。
「そうだ。たくさんの人に提供することはできないが、ここでも人数が増えたからな。前より腕の振るい甲斐がある」
「ちっこいから、うまく乗らねえな」
ついつい押し出しすぎて、プリンの器から生クリームが調理台の上に雲の切れ端みたいに落ちてしまう。
涼介は洗い物をしながら、「お前、料理したことないだろう」
「食えりゃ、何でもいいだろ」
やってみると意外にはまる――。ブルーグレーの鋭い眼光の先で、黄色いプリンに白が添えられてゆく。
「食は大切だぞ。よし、明日から、俺が弁当作ってやる」
「野郎の手作り弁当って。冷やかしにもならねえな」
ぐるぐると円を描いて――。
「外に働きに行ってるのはお前だけだ。弁当を作る機会がなくて、うずうずしてたんだ」
「それも、人質解放の交換条件ってか?」
ひとつ終わって、次のプリンへと移る。案外、うまくできている――彰彦は得意げになりながら、執事の手伝いを難なくこなしてゆく。
「無理 強いはしないが、お前の荷物に弁当は入れておく」
涼介はさわやかな笑顔をしながら、ストレートパンチを放ってきた。彰彦はすぐさまカウンター攻撃で交わす。
「てめえ、意外とひねくれてんだろ。その前置きいらねえんだよ。結局やってくるんだからよ」
「崇剛とは主従関係だろう。だから、彰彦とは対等に話したいよな」
執事としては嬉しいのだ。主人みたいな巧妙な罠を仕掛けてきて、油断も隙もない会話ばかり。そうではなく、普通に話せる人物がやってきたことが。
「ダルレシアンとはしねえのか?」
ぐるぐると円を描いて、最後は少しだけ押すようにして、真上へ生クリームの入った袋を上げる。いい角ができた――彰彦は思う。
涼介は台拭きで水跳ねを拭きながら、魔導師の聡明な瑠璃紺色の瞳と、甘ったるい声を思い浮かべた。
「あいつのこと聞いてるつもりが、話が終わると、さっぱり聞き出せてないんだ。何を話したか思い出すんだが、原因がどこにあるかもわからない」
相変わらず、この男は感覚でいやがる――。
「そりゃ、主従関係が原因じゃなくて、別のことだろ。てめえがらしく話せねえのはよ」
よし、全部終わったぜ――。彰彦は生クリームの入った三角の袋を調理台に置いた。
「パパ〜! おなかすいた」瞬が待ちきれずに、キッチンへ入ってきた。




