始まりの晩餐/2
すぐ斜め前の席で、冷静な水色の瞳がこっちを向いて、
「彰彦、ドアの修理代は私のほうで出しておきましたから」
「すまねぇな」
初日から、屋敷の主人の寝室にあるドアを破壊するとは、派手にやったもので。彰彦は気を取り直して、キッチンへ行こうとすると、純真無垢なべブーブルーの丸い目がこっちを見ていた。
涼介の息子――瞬、五歳だ。大人だけの世界で生きていた彰彦にとっては、新鮮な人物。
知らない大人がまたひとり増えていて、瞬のあどけない瞳はパチパチとまぶたに隠れては現れてを不思議そうにしていたが、
「瞬、コップまだ運んでないぞ」涼介の声がキッチンからやってくると、
「は〜い」
小さなお手伝いさんは、台所へと小走りに消えていった。あとを追いかける、彰彦も用事があるのだ。見通しのよくない入り口までくると、小さな人が慌てて出てきた。
「おっと危ねえ」
危うく正面衝突だったが、瞬はそんなことには気づかず、テーブルへ向かって元気に話しかけながら、コップを運んでゆく。
「るりちゃん、どうぞ」
まただ――。彰彦に見えない人物へ話しかけているのは。少しの間があって、瞬はキッチンの入り口に立っていた、彰彦のほうへ振り返った。
「パパ!」
「何だ?」
少し鼻にかかる涼介の声がキッチンから返ってきた。
「きょうのデザートなに?」
「瑠璃さまの好きな、プリンだ」
瞬はキッチから視線をはずして、誰もいない席を少し見ていたが、またこっちへ向いて、
「いつもの?」
「いや、今日は違う。かぼちゃのプリンだ。瑠璃さまが望むなら、ブランデーのアルコール飛ばして、あとからかけるが?」
瞬は幽霊が座っている場所を見て、ニコニコしながら、
「パパ、それがいいって」
「今やるから待ってろ」
「は〜い!」瞬は元気に言って、右手を高く上げた。大きな椅子を一生懸命引っ張って、彼はぴょんと飛び乗って、あとは食事が始まるのを待つだけとなった。
「ブランデーを……ミルクパンに入れて……」
食堂との間仕切りまでやってくると、涼介が小さな鍋に酒瓶から琥珀色の液体を注いでいるのが見えた。どこかの店かと勘違いするようなキッチンで、整理整頓がきちんとされている。料理ができたばかりだというのに、使ったもののほとんどが片付いているほどの手際のよさだった。
白い小さな陶器に入れられたプリンが並ぶ調理台の上を、彰彦は鋭い眼光で、ジンを探そうとする。チーズの塊が紙から少し顔を出していて、ナッツ類の入った袋が立てかけてあった。
ガタイのいいコックは、小さな鍋から炎が上がっているのを、いつもと違った真摯な眼差しで眺めている。ここで突っ立っていても、見つかるはずもなく、彰彦は厨房へと一歩足を踏み入れた。
「おう、涼介」
鍋から上がる青い炎を見たまま、涼介は返事を返した。
「彰彦、ちょうどいいところにきた」
「あぁ?」
「そこに生クリームがあるだろう? プリンに乗せてくれ」
奥をのぞくと、銀色のボールに白い柔らかなものができ上がっていた。
「手伝えってか」
昨日きたばかりの住人をあごで使うとは、なかなかいい度胸をしている。前回は酔っ払いだったが、今日は素面だ。強烈なパンチを言葉で叩き込んでやる――彰彦は口の端でニヤリとした。
しかし、次の言葉を言う前に、涼介から先制攻撃がきた。
「エキュベルのジンが人質みたいなもんだからな。酒とショットグラスを取りにきたんだろう?」
いつもはつらつとしているベビーブルーの瞳は今は、先手は取ったと言わんばかりに、彰彦に向けられた。




