お礼参り/13
優雅な心霊探偵の罠はまだ、心霊刑事に強く効き目を現していた。彰彦の筋肉質な腕がプルプルと震えながら悲鳴を上げる。
酔っ払ったフリまだしやがって。
早く起きやがれ、てめえ。
オレの手しびれたんだよ。
てめえ、性癖エスだろ。
運ばれてゆく主人を見ながら、涼介のアーミーブーツは少しだけ振り返った。
「二階の奥から二番目だ。正体不明にするまで飲ませて、自分で責任取れよ」
ウェスタンブーツは階段の一段目を踏んで、彰彦は口の端をニヤリとさせる。
「さらってくぜ」
刑事にくせに――涼介は結婚指輪をしている左手で、彰彦の迷彩柄のシャツをガッチリと慌ててつかんだ。
「だ〜か〜ら〜! 冗談にならないからやめろ! お姫様を連れてくみたいな言い方するな!」
はつらつとしたベビーブルーの瞳を、鋭いブルーグレーの眼光で差し込んで、
「ジョークだ。真に受けやがって」
涼介は手をぱっと離し、屋敷中に響く声で叫んだ。
「酔っ払い! 明日からは、バーに行ったら出迎えないからな」
執事なりの対処をしてやる――。
からかいがいがあると、彰彦は面白そうに微笑んだが、それよりも今はこの腕のしびれを何とかするのが先だ。
「オレの部屋は?」
涼介もわかっていて、わざと話を引き伸ばしているのか――と、刑事ににらんだが、正直な執事はただただ感覚的でボケているだけだった。
「崇剛の寝室からふたつ手前だ。服脱がすとか、余計なことするなよ」
一言忠告して、ようやく玄関での長い話が終わりそうだったが、
「じゃあ、明日、七時半にはここ出るからよ、起こしやがれ」
仕事を勝手に増やして――涼介は大声で叫んだ。
「俺はお前の執事じゃない! どうして、彰彦の面倒まで俺が見るんだ!」
主人は崇剛ひとりで十分だ。
彰彦は二階へ上がり切り、廊下を右へ曲がった。その姿を見送っていた涼介は、ひとりきりの玄関で首を傾げる。
「窮地に陥ったお姫様を、ナイトが助けたみたいに見えるのは気のせいか?」
静かな廊下に、スパーのかちゃかちゃという音が鳴り響くが、酔っ払っていてどうにも不規則になってしまう。
崇剛の部屋の前までやってきたが、今日はドアは開いていなかった。彰彦の性格は粗野。崇剛で両手は塞がっている。何の躊躇もなく、ウェスタンブーツでガツンとドアを蹴り入れ、鍵は簡単に破壊され、そのまま中へ入った。
しびれという罠から早く両腕を解放するために、崇剛の瑠璃色の貴族服をベッドの上へ、少し乱暴に置いた。
用は済んだ。くるっとドアへ向き直り、スパーがかちゃっとひと鳴きすると、背後から遊線が螺旋を描く優雅な声がふと引き止めた。
「それから……」
「あぁ?」彰彦は首だけで振り返った。
窓から差し込む青白い月明かりの中で、背を向けている崇剛の細い体が浮かび上がって見える。
「こちらだけは伝えておきます。私の千里眼は事件解決以外には、人の心を読み取ることには使っていません」
ですから、あなたが私を想っても、私には伝わりません――
崇剛の意思を汲んで、鋭いグルーグレーの眼光はドアへすっと向けられた。彰彦も相手の姿を見ずに、しゃがれた声で言った。
「そうか」
想ってもいいってか――
背中合わせの崇剛と彰彦は、微妙な距離感を持ったまま、
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ガサツな声が薄暗い部屋に響くと、スパーの音がドアから出ていった。
崇剛は神経質な両手をシーツへつき、上体をそっと起こす。冷静な水色の瞳に銀の満月を映して、ルールはルールという神父の懺悔は己が終わらせない限り、まだ続く。
「主よ、どうか、私が彼を傷つけた罪を償える術をお与えください」
シルクのブラウス越しに、銀のロザリオをキツく握りしめた。後悔という想いを忘れないための戒めとして――




