探偵は刑事を誘う/11
時は昨日の戦闘終了後、ダルレシアンが涼介によって運ばれた時刻へと巻戻った。
ひとり旧聖堂へ残った崇剛は、くすみ切ったステンドグラスを見上げ、神の畏敬を感じた。
そうですね……?
国立氏がこちらへくるという可能性が96.56%――
彼から情報を得る機会がめぐってきているという可能性が68.98%――
寝室のドアが今も開いているという可能性が92.85%――
ですから、こうしましょう。
茶色のロングブーツは白く濁った大理石の上を歩き、入り口に一番近い参列席へ入り込んだ。優雅に腰を下ろし、祭壇を視力の衰えている瞳でぼんやり眺めていると、背後で、
バターン!
と破壊音が響いた。冷静な水色の瞳はついっと細められる。
いらしゃったみたいです――。
誰かの靴音が近づいてくる。聖霊寮でよく聞いたかちゃかちゃと金属のぶつかる音が押し寄せる波のように響き渡った。
国立氏であるという可能性が98.78%――
それでは、こうしましょう。
水色の瞳は策略的に閉じられた。
「崇剛っ!」
右側から、ガサツな男の声が響く。
次はこうしましょう――。
身廊にいる男のほうへ、横向きにわざと崇剛は倒れ、
「っ!」
体が受け止められるのを感じると、鉄っぽい男の香りが強く広がった。
そのあとのことは、国立が見聞きした順番通りに、崇剛のデジタルな頭脳に記録された。
ベッドに下され、心配しているであろう国立を安心させるために、崇剛はわざと寝返りを打った。ベッドが国立の体重で沈み込む感覚を覚え、目を閉じたまま懺悔を聞いた。
そうして――
「惚れてんぜ」
決定的な言葉が、国立のガサツな声でもたらされた。
四月二十九日、月曜日では、あなたが私を愛しているという可能性は11.78%――
ですが、今日――十月十九日、水曜日。
あなた自身が今話をしたので、100%――事実として確定です。
頭の両脇が沈み込み、
「キスしてから帰っか?」はっきりと聞こえた。
相手の気配と鉄っぽい男の匂いが近づいてくるのを感じる。襲われそうになっているのを阻止しようと、国立の死角で崇剛の神経質な指先はピクッと動いたが、
「……ジョークだ。てめえの反応見れねえんじゃ、そそられねえだろ」
その言葉を聞いて、崇剛は指先の力を抜いた。そうして、相手が部屋を出ていくまでベッドの上で静かに待っていると、もうひとつ欲しがっていた情報が罠を仕掛けた通りに出てきた。
「式神……てか」
しかし、崇剛の意識があったのはそこまで、本当にすぐに眠りについた――
*
時は再び今へと戻る――聖霊寮の応接セットを囲んでいた天使三人は、苦渋の表情を浮かべていた。
「崇剛は相変わらず手厳しいですね〜」
「見るに耐えん」
「策士、貴様、断るのはよかったが、他に方法があっただろう」
視線を合わせもせず、ラジュ、カミエ、シズキは珍しくため息をついた。
ブルーグレーの鋭い眼光は崇剛に向けられたままだった。
物腰全てが優雅で貴族的。激情という獣を冷静な頭脳という盾で飼い慣らす、冷と熱。神父で策略家。デジタルな思考回路で、他人にもすぐになり変わる。
ギャップというギャップを持ち合わせ、変化しているようで、自身の芯を持ち続ける中性的でありながら男性より。長い紺の髪がとければ女性的。
国立 彰彦を一年以上も魅了してやまない、崇剛 ラハイアット――。彼が向かいのソファーでエレガントに細い茶色いロングブーツの足を組んでいた。
心が痛まないと言ったら嘘になる――。だが挑発的な国立は視線を意地でもはずさなかった。ハングリーなボクサーのように口の端でニヤリとする。
不確定で言ってきやがって。
《《今のところ》》ってか。
瑠璃お嬢のことは、前に話してた厄落としってか。
心霊刑事は青白い煙を吐いて、ひとり黄昏る。天変地異でも起きているような情熱が胸を掻きむしっていた。
がよ、オレの気持ちは厄落としなんかじゃねえ。
今でもチェンジしてねえんだからよ。




