探偵は刑事を誘う/7
パラパラとページをめくると、何度も読んだのか、自然とあるところで本は開きっぱなしになった。
「そこで、ベルダージュ荘を初めて見たんだ」
花冠国という独自の文化で、外国の建築様式を積極的に取り入れた、非常に珍しい建物として紹介されていた。
よく撮れていた。高台に立つ赤煉瓦の建物。まわりの山々は控えめなのに、屋敷は洋風で存在感を強く持っていた。
「でも、前にも見た感じがした。不思議な体験だった。見たこともなのに知ってたから」
全てを記憶している頭脳を持つ人間の言う言葉ではなかった。
崇剛は本から視線を上げ、
「既視感ではないのですか?」
それが妥当な判断だ。ダルレシアンはシュトライツから出たことがない。似たような建物を国内で見たものが、脳の中で合成した可能性が高いだろう。
ダルレシアンは両肘を膝の上に落としたまま、どこか遠くを見ていた。
「最初そう思ったんだけど、違うんだ。外観しか本には載ってなかったけど、中がどうなってるかまで思い浮かんだ」
「そうですか」
崇剛は神経質な指先で後れ毛を耳にかけた。風が吹いてくると、白いローブに木漏れ日がマダラ模様をゆらゆらと描く。
「さっき、屋敷の中を歩いてたら、教会に続くドアの前で、大きな鏡がここにあったって思い出したんだ」
幽霊だと執事が騒いでいたのは、こういう思惑があったからなのだ。
「そちらの話は先ほど、涼介から聞きました。鏡があったことだけですか? 気づいたことは」
「ん〜? その鏡を置いた理由って、屋敷を広く見せる効果で置いたんだって思った」
ずいぶん専門的な話が出てきた。そうなると、可能性は自ずと絞られてくる。ダルレシアンは本当は予測がついているのだ。だがしかし、確信を得られないのだ。だから、千里眼を持っている崇剛に聞きたいのだった。
「これって、説明がつく?」
噴水の水が一斉に空へ向かって勢いよく上り、涼しげな音を醸し出す。
「他に何か情報はありませんか?」
「ん〜? あの屋敷を建てた、Leon Amatsuって名前を見た時、どうしてだかわからないけど、懐かしい感じがした」
「天都 レオンですね。私の先祖です」
水辺に小鳥たちがやってきて、楽しそうなさえずりが耳をくすぐる。穏やかな日差しの中で、崇剛は千里眼の瞳を開いた。
「そうですね……?」
時を戻す、二百五十年前へと。映画でも見ているように、屋敷の中を歩いてゆく。ふと物音がして、魂だけで時を超えた崇剛は振り返った。そこに立つ男は何か考え事をしているようで、こっちへ向かって歩いてきて、崇剛の体をすり抜けながら、独り言をつぶやいた。
「鏡を置くか……」
あれが、天都 レオン――。魂の名前が千里眼の力で浮かび上がった。そうして、今隣にいる漆黒の長い髪をした男と見比べてみると、二枚のトレースシートを重ねたようにピタリと合った。
「そういうことですか」
崇剛はそう言って、閉じていたまぶたをすうっと開くと、リムジンに揺られていた――現実へと戻ってきた。
車が走る振動で揺すぶられている体の感覚が蘇った。
「――どういうこと?」
聡明な瑠璃紺色の瞳がのぞき込むように見ていた。崇剛はあごに当てていた指をといて、優雅に足を組み替える。
「人の魂は輪廻転生をしていると言われています」
「そういう教えの宗教もあるね」ダルレシアンの精巧な頭脳の中で、関係する本のページや人から聞いた話が鮮やかに浮かび上がる。
「以前生きていた人生を過去世と呼びます。その内、ひとつ前の過去世を前世と呼びます」
つまり、一番高い可能性は――
「ボクの前世は天都 レオン――だった?」
気がつくと、崇剛のすぐ隣に、怪奇現象が起きたみたいにラジュが座っていた。ニコニコと微笑みながら、ハンドベルをチリチリ〜ンと鳴らす。
「正解で〜す! ダルレシアンは天都 レオンの生まれ変わりです〜」
「ラジュがいるの?」声だけ聞こえているダルレシアンは、いるだろうと思われるところをチラッと見たが、ただリアシートが広がるだけ。
「えぇ、私はあなたの守護天使ですから、いつでも必要な時は現れますよ〜?」そう言って、ラジュはまるで幽霊が消えるようにいなくなった。




