探偵は刑事を誘う/6
「飽きたら、崇剛の寝室から前にふたつ目の部屋にいるから戻ってこい」
「せんせいのねむるところ? まえ……ふたつ?」
五歳の能力ではすぐにはわからず、瞬は指で数える仕草をして、
「うん、わかった!」
素直にうなずいて、小さな人は石畳の上をスキップしながら去っていった。
涼介が玄関のドアを閉めると、霊界でずっと見ていたアドスとクリュダが姿を現した。
「いよいよ、始まるっすね」
秋のさやかな朝にぴったりだというように言って、アドスは天色の瞳で三沢岳の景気を眺めた。
「賑やかになりますね」
クリュダも同じものを見渡し、にっこり微笑んだ。
「あぁ、そうっす」アドスはそう言いながら、袂へ手を入れ、「これ、火炎山の麓で取れた緑茶っす」茶色い布の袋に入ったものを差し出した。
クリュダの目の色が変わり、「本当ですか!」羽布団のような柔らかな声が天まで轟いた。
「ほしかったんです。あの五百年に一度しか収穫できないという幻の茶葉。この甘みと苦味に――」
話が長くなりそうだったので、アドスは強引に割って入った。
「守護の仕事はいいんすか?」
クリュダは照れたように、オレンジ色の髪に手をやり、おかしなことを言う。
「あぁ、そうでした。僕としたことが、つい『びっくり』してました」
「それを言うなら、『うっかり』っす!」
「んんっ! そうとも言います」
クリュダが気まずそうな咳払いをすると、ふたりはそれぞれの守護をする人の元へと瞬間移動で飛んでいった。
昼夜逆転している眠り姫が席をはずしている間に、ベルダージュ荘には新たなスタートを迎える予感が漂っていた。
*
――穏やかな鳥のさえずりを聞きながら、車窓から生い茂る木々の隙間からこぼれ落ちる陽光が、キラキラと宝石のように輝いていた。
移動時間に話すのならばロスはない。座り心地のよいリアシートに身を預けながら、崇剛は冷静な水色の瞳で、斜め向かいにいるダルレシアンをじっと見つめた。
「話とは何ですか?」
「千里眼でわかるかな?」
ダルレシアンが瑠璃紺色の瞳で見つめ返すと、漆黒の長い髪がローブの肩からさらっと落ちた。
「どのようなことですか?」
「ボクが花冠語を話せる理由――」
「どのような経緯で、話せるようになったのですか?」
崇剛がバックミラーを見ると、運転手の姿は見えなかった。完全なる死角で会話が続いてゆく。
*
いつの間にか――ダルレシアンと崇剛はミズリー教の施設にある中庭に立っていた。防音効果の技術はとても優れていて、近くにあるメイン通りの騒音も、嘘のように聞こえない。
大きな池のまわりを、ふたりで散歩する。緑豊かな芝生を踏み、チャポンと魚が飛び跳ねが音がした。
「神童として五歳で教団に迎え入れられたボクは、ほとんどを教団の施設内で過ごした。外国に行くのは夢のまた夢だった」
神の化身と崇められていた教祖には、自由はほどんどなかったのだ。ダルレシアンは大きく息を吐きながら、四角く切り取られた青空を見上げた。
「だから、毎日毎日、窓から見える空を眺めて、飛行機を見てた」
「飛行機とは、空を飛ぶ乗り物ですか?」
凛々しい眉をしたダルレシアンの横顔を、崇剛は見つめた。ふたりの頭上に広がる青空を、銀の尾を引いて飛行機が悠々と飛んでゆく。
「そう。それに乗って、みんな外国へ旅行に行ったりするんだ。ボクもいつか遠い国に行ってみたいって思ってた」
ラピスラズリをはめこんだ金色の腕輪は、長い時間を持て余していたというように、プラプラと体の脇で前後させられ、聡明な瑠璃紺色の瞳は陰った。
「でも、行ける日はこなかった。お陰で、飛行機の飛ぶ方向で時刻がわかるくらいにはなったよ」
教祖が気ままに、街を徘徊することはできない。護衛がたくさんついてくる。他の国へ行くなどもっての他だった。
あれだけの高度技術を持っている国の宗教機関だ。変装して抜け出そうとしても、個人識別の壁に阻まれて、重鎮の世話役にこってり叱られるがオチな日々だった。
ダルレシアンは木陰にあるベンチに腰掛けた。崇剛もその隣に同じように座る。晴れ渡る青空を、銀色がまた一直線に描かれてゆく。
傍に置いてあった本を大きな手で取り上げ、元教祖は差し出した。
「だから、書庫で外国の本を読むことにしたんだ。そうして、ある時、『世界の建築物』っていう本に出会った――」




