探偵は刑事を誘う/2
小さい頃、一階の廊下を歩いてゆくと、鏡があるせいで、子供心に妙な不安感に襲われた時が、崇剛には何度もあった。見えないものが見えてしまう千里眼だ。他の誰よりも、鏡に対しては警戒心を持っていた。
「ほら、やっぱり、知らないはずなのに知ってるって、まるで瑠璃様みたいだろう?」
歴史ある建物。話したこともない聖女の言葉を通訳された話を聞いて、涼介は寒気を覚えたことがたくさんあった。
「そうかもしれませんね」
百年前から、この屋敷に住んでいる聖女。彼女が言っているのならば、原因は明確だ。崇剛はあごに曲げた指を当て、思考のポーズを取る。土砂降りの雨のように、魔導師に関係するであろうデータを脳裏に降らせる。
「お前、本当に何があっても驚かないんだな」執事は冷静に考えている主人に皮肉っぽく言った。
「驚きませんよ」主人は優雅に微笑む。
幽霊だと言われても、驚く理由が見つからない。千里眼で見れば、正体はつかめるのだから。得体の知れないものだから、恐怖心が出るのだ。
「どうしてだ?」涼介は不思議そうな顔をした。
わからないことは何もない。それはただ、事実を見逃しているだけ。主人は今までの人生でよくわかっていた。しかし、事実として確定――明確にはなっていない。そういうわけで、執事にも理解しやすいように、崇剛が真実を解く鍵となる可能性が高いものを問いかけてみた。
「昨日、ナール天使に言われて、私の元へきたとダルレシアンは言いました。昨日の今日で、なぜ彼は花冠語を話せるのでしょう?」
幽霊騒ぎからすっかり解放され、涼介ははっとした。
「言われてみれば、そうだな。たまたま学んだのか?」
「彼はあなたと違い、気まぐれで言動を起こすような人間ではありません。従って、花冠語を学ぶ必要性があった、と判断するのがよいかもしれませんね」
惑星の反対側の国で、生きてきたダルレシアン。教祖が花冠国を過去に訪れていたとしたら、学んでいてもおかしくはないが、崇剛の脳裏に記憶されている、新聞記事にはどこにもそんな話はなかった。
「じゃあ、理由はなんだ?」
涼介に言われて、崇剛の脳裏に可能性がいくつも浮かぶ。
ダルレシアンが個人的に花冠国を訪れた。
花冠語を話せる誰かから教えてもらった。
そうして――他の何かが起きているという可能性が0.01%――
冷静な水色の瞳は執事を真っ直ぐ見返した。
「今のところは何とも言えませんが、この世界にはたくさんの言語があります。その中で、花冠語を彼が選んだ理由と鏡があったことを知っていることが関係している可能性は非常に高いかもしれませんね」
「可能性が高い?」感覚人間である執事は、普段自分が使わない表現をされて、本当に不思議そうな顔をした。
「涼介、ダルレシアンに屋敷の中で他の場所を聞かれましたか?」
「いや、聞かれてない」
「そうですか」
気を失って運ばれた屋敷。目が覚めた時は知らない部屋の天井を見つけただろう。未知の場所であるのが通常。だが、トイレや食堂の場所を聞かない。それなのに、ダルレシアンは今まで住んでいたみたいに屋敷を歩いている――ズレが生じる。
目の前で起きていることは、どんなにありえない光景でも、それが起きる原因がある――それが、理論で現実を見据えることだ。
そんな主人とは対照的に、『不思議』という言葉で大雑把にくくってしまう涼介は、謎を解かずに同じ結論へ戻ってきてしまった。
「知ってるなんて、やっぱり幽霊――」
「そうなると――」主人は執事の言葉をさえぎって、「彼は何かで、この屋敷の中を知った――という可能性が非常に高く出てきます」
「どうやって……?」
はつらつとしたベビーブルーの瞳は、逃さないというように主人を見た。屋敷に入ったとは考えにくい。世界中に家はたくさんある。なぜ、ベルダージュ荘を選ぶ必要があるのだ。そこで、執事の頭の中でピンとひらめいた。
「俺と同じように予知夢を見たとか?」




