魔導師と迎える朝/7
「そうして、ボクは後継者の名前を言い残して、キミのところへ瞬間移動してきたんだ。だって、そうじゃなかったら……」
「自殺する方が大勢出たかもしれませんね」
「そう。宗教の集団心理っていうのは、ある意味難しくてね。ボクが突然いなくなったら、みんな死んだと――神の元へ行ったんだと信じきる。そうしたら、ボクの後に続くために、後追い自殺をする人間が出る可能性は大」
過去にもそんな過ちがあった。繰り返さずに、みんなの幸せを教祖は強く願ったのだった。
「国王を暗殺するつもりだったのですか?」
いかなる理由があろうとも、人は人を裁けない――殺すことは赦されない。薄闇の中で、ダルレシアンの瞳は何の感情も持っていなかった。
「国王が死ぬ可能性は非常に高かった。でも、百パーセントじゃない。だから、ボクは考えていないと言い訳もできる……。そうでしょ?」
とけている紺の髪が楽しげに、毛布の上で揺れた。
「強かな人ですね、あなたは」
この男の大胆さには脱帽する。ダルレシアンの体を抱きしめている崇剛の細い腕は、笑いの衝撃でカタカタと震えていた。
しかし、魔導師は真面目な顔で、首を横に振り、
「違う。ボクは小さい頃は泣いてばっかりだった。喜怒哀楽が激しくてね」
「そちらを制御するために、冷静な判断――理論を取り入れた」
笑いの渦から戻ってきて、崇剛は優雅に微笑んだ。この男とは共通点が多い。
「そう」いつどんな失敗をして学んだかまで記憶している精巧な頭脳。ダルレシアンは思い出して嫌悪感に襲われるのをさけた。
「ところで、崇剛?」
「えぇ」
「クリュダの発掘が好きってことなんだけど……」
「えぇ」
ふたりの脳裏に、聖戦争で戦わずして、勝利をしていた天使をそれぞれの角度から思い出したが、どう考えてもおかしいと踏んでいた。
「あれは嘘だよね?」漆黒の髪を指に巻きつけて、ダルレシアンは弄ぶ。
崇剛はまた笑いそうになったが、何とか堪えた。「なぜ、そのように思うのですか?」
神父の腕の中で、教祖は顔を上げて、甘ったるい口調で、「だって、そうでしょ?」と言って、戦いが始まる前のある言葉を口にした。
「作戦Bってラジュが言ってた。そのあと、プロファイリングって言った。シズキが反対してた。戦いが終わったあとのクリュダは、『いい演技の練習になりました』って言ってたよね? だから、クリュダの発掘好きは嘘の可能性が高いよね?」
「そうかもしれませんね」
崇剛も同じ場面を何ひとつ順番を違えずに思い出して、またくすくす笑い出した。
「何がおかしいの?」
「シズキ天使がそちらの作戦に乗ったことが、おかしいではありませんか?」
あの俺様天使が、笑いに参加したという事実が何よりも、爆笑の渦に陥れることだった。
「確かにそうかも? どうやって、ラジュはシズキにも仲間に加わるように、話をつけたんだろう?」
「謎のままかもしれませんね」
聞いたとして――可能性を導き出す。
俺様天使が怒るのは89.78%――
ラジュがのらりくらりと交わすのは99.98%――
よくできた策だ――、崇剛とダルレシアンは同じ結論にたどり着いた。
青白い明かりがほのかに照らす寝室に、虫の音がツーツーと忍び込む。風もない穏やかな夜で、微睡へと自然と誘われる。ダルレシアンは大きなあくびをして、間延びした声を出した。
「ん〜……眠くなっちゃったなあ」
「今日はいろいろありましたからね」
「おやすみ、崇剛」まぶたの重みに耐えられず、聡明な瑠璃紺色の瞳は閉じられた。
「こちらで眠るのですか?」崇剛は体を少し離して、顔をのぞき込んだが、ダルレシアン から返ってくる返事は、「ZZZ……」だけだった。
「眠ってしまったみたいです。困りましたね」
崇剛の片腕をしっかりと下敷きにして眠ってしまった、男色家の疑いが張れないダルレシアン。ひとつのベッドに男ふたりで寝転がる静かな夜。そこを照らし出すのは、青白い得体の知れない明かり。
不意に吹いてきた風で窓がカタカタと震えると、崇剛にぞくっと寒気が襲った。空いている手で毛布を足元へ下ろし、風邪をひかないよう、ふたりで一緒にかぶる。
「ですが、私も……今日はくたびれたのです。たくさんの天使や霊の言葉や行動を見て、メシアを使いすぎたのかもしれません。ダルレシアンを……運ぶことはできな――」
崇剛は言えたのはそこまでで、冷静な水色の瞳もまぶたの裏に静かに隠れた。




