魔導師と迎える朝/6
今ある温もりに似たものは、教祖として過ごした日々にもあった。ダルレシアンは大きく息を吐いて、話の続きを語り出した。
「だから、ボクはみんなの軍師――になろうと思った」
崇剛と同じ準天使に迫る、霊層が五段だと納得するような内容が、魔導師から告げられた。
「メシアの力で王家を滅ぼすことは簡単だった。だけど、それじゃ意味がないんだ。世界はずっと続いてゆく。ボクは一時代を生きたひとりの人間に過ぎない。みんなが自分で考えて行動をして勝ち取らなければ、たとえいっときは政権がめぐってきても、苦労を知らないから、ありがたみも感じないで、簡単に手を離してしまうかもしれない。政治が安定しなければ、露頭に迷う人がたくさん出てくる。それは一番あってはいけないことでしょ? 政治に関わる人間のひとりなら、なおさらね」
クーデターを起こすことが目的ではなく、その後の国民の暮らしがよくなることが大切なことなのだ。政権を奪った後をどうするかを考えないのなら、起こすだけ労力と時間の無駄だ。それが、ダルレシアンの信念だった。
「だから、みんなが自分で考えて動ける作戦を考えた。不平不満という薪はもうそこにあったんだ。あとは火をつけるだけでよかった」
ダルレシアンに動かされたとは、誰も疑いもしない。自発的に言動を起こし、国に変革をもたらしたのだと信じている。教祖は称賛も名誉もいらなかったのだ。人々に幸せがやってくるのなら。
「たくさんの方のために、あなたはわざと捕まったのですね?」
「そう。それが、本来のボクを理解してくれた人々への恩返しだったんだ」
崇剛の神経質な手は、ダルレシアンの漆黒の髪を優しく何度もなでた。誰にも言えなかったのだろう。王族に偽の情報が簡単に渡るような教団内部だ。どこにスパイが潜んでいるかわからない。
たくさんの人の明暗がかかっている。だから、失敗は許されない。プレッシャーは相当なものだっただろう。何度も何度も、可能性の数値をあらゆる面から見て、導き出して導き出して、をひとりでしてきたのだろう。神父は教祖を労いたかった。
窓の外を月が西へと少しかたむき、火照った体が秋風に覚まされてゆく。
やがて、崇剛の中性的な唇が動いた。
「拘束されていた間、なぜ無事でいられたのですか?」
病気どころか、傷ひとつもついていない。敵地へとひとりで囚われの身。何もないという可能性はゼロに近かったが、策略的な教祖はそこもきちんと計算の上だった。
「人は自分のことを理解されたがってる。それが根本的な心理でしょ?」
「そうかもしれませんね。不平不満などを聞くふり、もしくは聞いて、身の安全を守っていた――」
言い当てられて、ダルレシアンは春風みたいな笑い声をもらした。
「ふふっ。体罰は回避できたし、お菓子が好きだから、食事の他にそれももらってた」
拘束でも軟禁でもなく、少し不自由な滞在である――。この男は冷静な頭脳で感情を見事なまでに抑え、駆け引きをして欲しいものは手に入れるのだ。
崇剛は手の甲を中性的な唇に当てくすりと笑った。
「おかしな人ですね、あなたは」
「ふふっ。ただ部屋から出られなかったのは、少し大変だったかな? ボクに落ち着きはないから、冷静であっても」
「そうですか」
崇剛は自分と重ねた。瞬を生霊から守るために、庭の樫の木に飛び移ったことと。革命を起こすような情熱の持ち主だ。この教祖も瞬発力は相当あるのだろう。
「シュトライツへは戻るのですか?」
「ううん、戻らない」ダルレシアンが首を横に振ると、サラサラと髪が毛布にこすられた。
「ナールに言われた通りに、みんなには言ったんだ」
あのミラクル風雲児の策――崇剛は是非とも聞いてみたかった。
「どのような言葉を言ったのですか?」
ダルレシアンは教団の中庭を見下ろせる、謁見の席から立ち上がり、人々へ告げた時と同じように、ただただクールさを持って言葉を紡いだ。
「私は神の元へ行く。だが、神からのお告げがあり、そなたたちはこの国へ残り、神の教えを忠実に守り、生きていくがよい」
泣いている人がたくさんいた。ダルレシアンは残るわけにはいかない。みんなが努力をして、豊かな暮らしを築いていくのだから。魔導師のメシアに頼ってはいけないのだ。




