魔導師と迎える朝/5
白いローブの中で、ダルレシアンは足を組んだ。
「両親が怖がったんだろうね。だから、ボクは五歳でミズリー教団へ預けられた。メシアの力があったから、すぐに神童として迎えられたよ。みんな、ボクを見ると、ありがたいと言って頭を下げた。十三歳で教祖になった」
大人の中で、ローティーンの少年が対等に渡り歩くには、やはり知恵が必要だったのだ。相手の思惑通りに動く、ただの操り人形とはなりたくなかった。だから、策略の腕が上がったのだ。
「でも、ある日気づいたんだ。それはボクにじゃなくて、メシア――神の力に頭を下げてるって。教祖として崇められても、本当のボクを誰も見てくれない。そんな寂しい日々が続いた」
たくさんの人のトップに立っていても、孤独は少年ダルレシアンにつきまとい続けた。精巧な頭脳というものは、ある時は残酷なほど心をえぐるもので、どんな小さな出来事でも、昨日のように鮮明に覚えているものだ。
崇剛とは反対に、わからないように少しだけ顔をかたむけると、ダルレシアンのこめかみを一筋の涙がこぼれていった。
今日会ったばかりで泣くなんて、子供でもあるまいし……。ダルレシアンは髪を払うふりをして、涙を拭う。
似ているからわかってしまう。氷河期のようなクールな頭脳で抑えていても、感情がある以上、激情の熱が氷を溶かし、熱くなった頬を涙が伝うのだ。崇剛は真正面を向いたまま、話すテンポを変えなかった。
「そうですか。私もそのような扱いを受けたことがありましたよ」
未来を読んで当たる――それが現実になる。人々は称賛した。でもそれは自分にではなく、メシア――神にだったのだ。そう知った時の衝撃は大きなもので、悲しみも計り知れなかった。
まるで自分は神が座す神殿――箱でしかないのだ。中身がなくなったら、空っぽのもの――価値のないもの。
少しだけ震える声で、ダルレシアンは鼻をすすりもせず、冷静な頭脳で感情を抑え切った。
「そう。わかってくれて、とても嬉しいよ。ボクはずっとひとりきりで寂しかった」
あの教団の大きな施設で、廊下を歩いても、中庭を眺めていても、自分だけモノクロになってしまったように心は凍りついて、まわりだけが平和に動いているようだった。
それでも、教祖として人の上に立つ者の役目を果たそうとした日々の中で、孤独という闇に天から一筋の光が、ダルレシアンの心に差したのだ。
「だけど、神さまはどこにでもいるんだね。本当のボクを見て、話してくれる人もたくさんいた」
今度は感動の温かい涙が、ダルレシアンの頬を伝って、毛布へ染み込んでゆく。
ミズリー教は厳格な宗派だ。聖職者ともなれば神に身も心も捧げ、結婚することは決して許されていない。その教祖ともなれば、自分を理解してくれる信者たちにお礼を言うことで、特別扱いもできない。本当にひとりきりの教祖だ。
ミストリル教――宗派は違っても、神父の崇剛は、どうかダルレシアンの心が休まるようにと、説教をした。
「人は愛されるために生まれたきたのです。あなたが生まれてきたことに、私は感謝します」
緩んだ涙腺から、とめどなく滴が落ちてゆく。
「……キミは誰かにそう教えてもらったの?」
「えぇ、故ラハイアット夫妻から、たくさんの愛をいただきましたよ」
同じメシア保有者であっても、この大きな屋敷で何の不自由なく生きてきた崇剛。夫妻の尊い気持ちの前に跪くと、神経質な頬を涙が一筋落ちた。
心の隙間に風が吹くように、窓がカタカタとしばらく鳴っていた。
「ねえ、その愛、ボクに分けてくれる?」
「えぇ、構いませんよ」
「じゃあ、ぎゅーっとして?」
衣擦れの音が、崇剛の耳をなでた。
「さあ、どうぞ」
崇剛が両手を広げてかがみ込むと、白いローブの腕が伸びてきて、のどの渇きを潤すように必死で抱きしめて、男ふたりでベッドの上に寝転がった。
そうして、今度はふたつの暖流が混じり合って、お互いの熱が涙を蒸発させてゆくように、安堵の境地で目を閉じる。また涙がこぼれるが、それは歓喜の涙で、相手には見られないが、微かに揺れる吐息で伝わってしまっても、メシア保有者の同志という誓いのようなものだった。
「うん……あったかい」崇剛の腕の中で、ダルレシアンの声がくぐもった。




