魔導師と迎える朝/2
そこには、ろうそくのような暖かいオレンジ色の光ではなく、今外に出ている月のような青白い光を顔の下から照らし、ぱっと見、お化けと勘違いするようなダルレシアンが立っていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
崇剛の横を通り抜け、ダルレシアンは寝室へ入った。さっき上を向いていた光は今度、部屋の壁を照らし出している。
天井は闇に覆われているのに、壁の一部分だけが明るい。ろうそくの炎とは明らかに違う。一体何を、魔導師は持っているのだ――
「何の明かりなのですか?」
ダルレシアンは気にした様子もなく、手元へ青白い光を近づけて、
「これは『携帯』のライト」
「そうですか」
持ち運べるライト――崇剛はそう訳した。
「そちらも瞬間移動で持ってきたのですか?」
「そう。ボクにとって大切な物だからね」
「そうですか」
事実にズレが生じている――。他に手荷物はなかった。闇を照らすライトだけは持ってきた。どうもおかしい。
千里眼の持ち主が考えている間に、ダルレシアンはベッドにサッと座った。
「崇剛、ここに座って?」
薄暗いベッドの上を、ダルレシアンは手でトントンと叩いた。その仕草は、涼介の夢の中で見たものとひどく似ていた。あのあと、執事は押し倒されたのだった。
密かに魔導師の霊層――魂の透明度を千里眼で見る。浮かび上がってくる数字は五――。準天使に迫る勢いで、崇剛と同じ高さでもあった。
(霊層が高くなるほど、他人の心を無視して、自身の欲を満たすことはしません。ですから――)
崇剛はドアを閉め、「えぇ」と曖昧な返事をして、男ふたりきりの寝室を、魔導師が座るベッドまで歩いていき、同じように腰を下ろした。スプリングが沈み込む感覚がお互いの存在を近いだけでなく、色欲漂うものに誘おうとする。
窓の外から漂う虫の音。青白い光は部屋を全て照らすのではなく、崇剛とダルレシアンの背中で天井を丸く切り取るように光っていた。
崇剛の遊線が螺旋を描く優雅な声が、薄闇と混じる。
「どちらのことを聞きたいのですか?」
「キミの千里眼でならわかるかと思って。前国王――ルドルフ フェティア 十四世を殺した犯人」
「犯人は結局見つからなかったのですか?」
「候補は何人かいたけど、決定的な証拠はどこにもなかった」
「そうですか」
崇剛がうなずくと、静寂がまた戻った。
「そうですね……?」
崇剛は両肘を膝へ落とし、組んだ手の甲へあごを軽く乗せ千里眼を使う。
惑星の反対側に位置する、シュトライツへと意識を飛ばし、時間軸を巻き戻す。会ったこともない人物の魂に問いかける。肉体につけられた名前と同じかどうか。
壁や天井を物理的に無視をして、あちこち探す。殺人を犯そうとしている犯人と前国王が死のうとしている現場を。
そうしてやがて、崇剛は口を開いた。
「見つけましたよ」
「誰?」
ダルレシアンが振り向くと、髪が白いローブをなでる音が微かに響いた。
「本日という言葉があっているかはわかりませんが、今朝亡くなった、パトレシアン グラクソティ国王です」
「そう。キミのお陰で、やっと犯人を見つけられたよ」
ダルレシアンはもう終わったことと言うように、さっと真正面へ向き直した。
教祖も犯人を見つけたかったのだ。だが、どうやっても見つけられなかった。王族の騎士団を中心にして探しても、半年間痕跡が見つからなかった。そこから出てくる可能性は、誰かが隠蔽している、だ。それができるのは王族か騎士団の上層部――。
ダルレシアンのにらんでいた人物が犯人だった。前国王から王位を奪うために殺したのか――今となっては正確な動機は誰にもわからない。
泣くわけでも怒るわけでもなく、ただじっと青白い壁を見つめている。その横顔を崇剛は冷静な水色の瞳で捉えながら、
「お金で暗殺者を雇い、小さな毒針で即死させた。死因も検死した人々は知っていました。ですが、王族から圧力がかかり闇に葬られ、そちらに関わった人々は口封じのために全員殺されたのです。そうして、パトレシアン グラソティラスはミズリー教へ矛先を向けた――」崇剛はそこでわざと言い直した。
「ではなく、向けさせられたのです」




