刑事は探偵に告げる/10
優雅な聖霊師と会うのは、いつも聖霊寮の不浄な空気に包まれた応接セット。他の人が常にいて、ふたりきりになったことはなかった。
町から離れた高台にある屋敷では、騒音も人の話し声も聞こえない。静かなことがやけに心を前へと躍動させた。
「たらよ、気絶したまま聞きやがれ、オレの懺悔をよ」
澄んだ綺麗な秋空が向こう側に広がるレースのカーテンを今は影のあるブルーグレーの瞳で見つめ、国立は自分のことを語り出した。
「オレはガキの頃から同性からよく好かれた。それは、ありがてえことだと思ってるぜ」
ジーパンの足を男らしく直角に組み、肩肘をそこへついて頬杖をつく。
「色恋沙汰なんざ、興味なかった。結婚もだ。アラフォー前にして、未だにシングル」
国立のガサツな声が、湧き上がってくる感情で少しだけ揺れ始め、「どよ……」ブルーグレーの瞳があちこち落ち着きなく、崇剛の寝室をさまよっていたが、
「どよ、気づいちまってな。てめえの性癖に」
罪科寮から左遷され、聖霊寮へ移ってきた国立。そこで、運命的な出会いをし、それが何なのかわかってしまった心霊刑事。
「崇剛、てめえにオレはそそられっぱなしだ。お前さんの写真と名前を知ってからよ」
男ふたりきりの寝室でベッドの上で、後ろめたい告白が小さく儚げに舞った。
「……惚れてんぜ――」
国立はとうとう自分の正体を口にした、寂しそうなしゃがれた声で、
「オレは同性愛者なんだ……ってな」
左手で髪を無造作にかき上げるが、国立は崇剛へは振り返らなかった。
「ストレートじゃねえってことだ。れによ、てめえの心は瑠璃お嬢。千里眼のメシア持ってるてめえの前で想い浮かべたら、バレちまうだろ。たら、崇剛が困んだろ? からよ、ずっと隠してきたんだ」
瑠璃を愛するという事件が、崇剛の厄落としだったとまだ知らない国立。苦しみが心の中でねじ切れそうに渦を巻く。
野郎どもに兄貴と慕われる日々。弱さなど誰にも見せられなかった。一年半以上誰にも相談できないながらも、普通に生活をし、仕事もバリバリこなしてきた。
男目に涙――だが、意地でも流してやるものかと、大きく息を吸って吐く。しばらくして、未だ正体のない崇剛へ国立は振り返ったが、もういつもの心霊刑事だった。
乱れた紺の長い髪がベッドへ誘惑するように侵食していた。女性的な横顔を見せている崇剛。国立は体をよじらせ、想い人の顔の両脇に節々のはっきりした両手を置いて、身を乗り出すと白いシーツがグッと沈み込んだ。
「キスしてから帰っか?」
国立の男らしい大きな背中が前かがみになり、崇剛の綺麗な顔へと近づいてゆく。聖霊寮にある応接セットのローテーブルを挟んだ距離感だった、心霊探偵と心霊刑事。だが、その距離が今一気に崩れ、相手の匂いが自身のうちへ強く入り込んでくる。唇があと少しで触れるところで、国立は口の端でニヤリと笑った。
「……ジョークだ。てめえの反応見れねえんじゃ、そそられねえだろ」
襲うような格好になっていた両手をベッドから離し、首だけで振り返って、崇剛を視界の端に映しながら、国立はカウボーイハットをかぶり直した。
「許されんのか? これでよ」
ジーパンはベッドからさっと立ち上がり、部屋のドアへ歩いて行こうとしたが、ふと思い出したように立ち止まり、国立の男らしい大きな手はズボンのポケットに入れられ、
「とよ、お前さんの欲しがってる情報、ここにあんぜ」
中から小さな人形をした紙を、人差し指と中指で挟んだまま取り出す。背を向けている崇剛に、肩越しでそれを見せびらかすようにひらひらと揺らした。
「式神……てか」
国立はやけに黄昏ていた。霊感がないなら、他でカバーしてやる。必死で覚えた心霊刑事の意地だった。
「じゃあな」
そう言い残して、国立は部屋から出ていった。かちゃんと扉が閉まると、静かな部屋に、
「ん……」
スースーと気持ちよさそうな寝息が、崇剛の中性的な唇からもれ出ていた。
さっきからふたりの様子を、窓の外から見ていたラジュ、カミエ、シズキ。未来は予測ずみだからこそ、お互い視線も合わせず何も言わなかった――いや言えなかった。




