刑事は探偵に告げる/9
――――ベルダージュ荘の二階で、ひと段落というように部屋のドアを閉めて、涼介が廊下へ出てくると、右手からドカドカとかちゃかちゃという金属音が同時に聞こえてきた。
何かと思って、そっちを見ると、正体のない主人をお姫様抱っこしている国立が視界に入った。
「え……?」
執事は違和感を強く抱き、しばらく固まっていた。無事だったはずだ、旧聖堂に行った時には、主人はピンピンとまでは言わないが、倒れてはいなかった。それとも、自分がいなくなったあと、緊張の糸でも切れて倒れたのか。
ずいぶん焦っているようで、国立は長いジーパンで足早に近づいてきて、
「涼介! 崇剛の部屋どこだ?」
「えっ?」
涼介は起きていることが理解できず、珍しく大きく目を見開いた。
まぶたを固く閉じて動かない主人。正体をなくしている神経質な顔。この男と二年もの間、同じ屋根の下で過ごしてきた日々を思い返すと、何だかおかしな気がする――と涼介は思った。
いつまでたっても返事を返してこない。国立はガサツな声で催促した。
「早く言いやがれ」
「あぁ……奥から二番目です」
振り返って場所を教えた。
「そうか」国立はそのまま涼介を通り過ぎ、長い廊下を進んでゆく。
ベルダージュ荘の居住スペースに外部の人間――心霊刑事がいるという起きるはずのないシチュエーションが展開していた。
涼介は不思議そうに眺める。国立の大きな背中と、その脇から下へもつれ落ちている主人の長い髪を。
「何がどうなってるんだ? 国立さんがここにいて、崇剛が倒れてる……。何だか変だな?」
しばらく考えていたが、答えは出てこなかった。
「と、とにかく、医者を呼ばないとな。崇剛にまた叱られる」
ドアの向こう側で倒れているダルレシアンを思い出し、執事は主人にまた叱られる――罠を仕掛けられないように、階段を降り始めた。
崇剛の寝室前まで、ウェスタンブーツがやってくると、誰かさんが意図的に開けておいたドアは、そのまま一センチほどの隙間を作っていた。
「ナイス、開いてやがる」
国立は男らしく乱暴にドアを蹴り開け、崇剛が横向きでぶつからないように寝室へサッと入ると、ウェスタンブーツはドアを後ろ蹴りして、バタンとしっかり扉が閉まった。
男ふたりきりの部屋。通常ではあり得ない組み合わせと場所。
国立がベッドに崇剛を下ろそうとすると、カウボーイハットが床へと落ちた。策略的な聖霊師の前で、心霊刑事の藤色をした少し長めの短髪が、今初めてあらわになり、心の内を透かすような予感だった。
「んっ!」
線は細いが男は男で体重はそれなりにある。国立は力んだ声を出して、瑠璃色の貴族服をまとった崇剛を、白いシーツの上に置いた。ベッドと男の隙間から手を抜き取るやいなや、「崇剛! 崇剛っ!!」華奢な男の両肩を大きな手でつかみ、強く揺さぶる。「起きろ!」何度かしてみたが、冷静な水色の瞳が姿をあらわすことなく、代わりに線の細い体は向こう側へ寝返りを打った。
「ん……」
死んだのかと思った。生きていた。国立は崇剛の肩から手を離し、思わず安堵のため息をついた。
「はぁ〜、驚かせるんじゃねえ」
床に落ちてしまった帽子を乱雑につかんだが被らず、手に握りしめたまま、ベッドの隅に国立は軽く腰掛けた。
「無防備に寝やがって」
霊感がほとんどない国立の横にある窓の外には、守護をする天使三人――ラジュ、カミエ、シズキが宙に浮いたまま、ことの成り行きを見守っていた。
傷がついているが召使たちのお陰で輝きを保っている床を、意思の強いブルーグレーの瞳は焦点が合わないながら見つめ、崇剛に背を向けたまま、しばらく男らしい唇は動くことはなかった。
鋭いブルーグレーの瞳は閉じられ、息を深く吸っては吐き出すを何度か繰り返すたび、迷彩柄のシャツが厚い胸板については離れてをしていた。
やがて、瞳が再び現れると、いつも自信たっぷりで話す国立なのに、今はガサツな声はさらに枯れ気味で、勢いも感じられなかった。
「なぁ? 神父様ってのはよ、懺悔聞いてくれんだろ?」




