刑事は探偵に告げる/8
霊感で悟った国立は、藤色の少し長めの短髪をさらっと揺らし、反射的に首を動かした。
「オレの背中攻めてくんなって。エスだな」
瑠璃は浮遊したまま、国立の真正面に瞬間移動した。
「お主、そろそろ、霊感を磨いたらどうじゃ?」
それでも、国立には聞き取ることはできなかった。この世の人間は崇剛とふたりだけ。霊的な存在がいるのはわかっているが、何が起きているのかが知れない。
ウェスタンブーツは左右に回るをして、何とか今の状況を理解しようとするが、
「誰か、通訳いねえのか?」
霊感がないものはない。受け取るアンテナが発達していないのだから、いくら霊界から告げても伝わらない。
ラジュが最初に呼んだ――直感――天啓を与えたのは国立。焦りに焦っている心霊刑事をアドスは不憫に思う。
「どうするっすか? 国立さんまで呼んで、話通じないっすよ?」
「僕は今でよかったと思いもいますよ。これからのことを考えると」
クリュダがにっこり微笑むと、乙葉親子の守護天使をしているアドスとクリュダは仲良く以心伝心で、アドスはすぐに納得した。
「そうっすか。クリュダさんがそう言うなら、俺っちは涼介さんとこに戻るっす」
「僕も先に戻ります。瞬がお腹を空かせているかも知れませんからね」
聖戦争も終わり、通常モードへ戻る天使たち。アドスが先に瞬間移動でいなくなり、クリュダは国立の前に浮遊している漆黒の長い髪を持つ聖女に注意をした。
「瑠璃さん、早く体を休めたほうがいいです。寝不足はお肌の『天敵』です」
アドスがスッと戻ってきて、
「合ってる気もするっすけど、微妙にズレてるっす。それを言うなら、『大敵』っす」
「そうとも言います。おやすみなさい」
クリュダは気にした様子もなく、ボケ倒したまま消え去っていった。
「何じゃ? 何かあるのかの? 知っておる素ぶりじゃの。守護霊が知らぬことかの?」
瑠璃がキョロキョロしていると、ラジュがゆるゆる〜っと言葉をつけ加えた。
「風通しが良くなりますよ〜」
「何のことじゃ?」
八歳の聖女は何が起きているのか――いや、大人の話についていけず、不思議そうな顔をするばかり。
ナールは山吹色のボブ髪をけだるくかき上げ「やっぱり疲れるね。これもちょっと考えないとダメね」今回の戦闘にダメ出しをして、すうっと天へと帰っていった。
「何を考えるのじゃ?」
知りたがっている聖女に向かって、トラップ天使はいつものお遊び言葉を口にした。
「今日はベッドドンで、瑠璃さんを手中に納めようかと思いましてね?」
「お主のことなど、我の眼中にないわ!」
聖女の憤慨した声が、旧聖堂に響き渡った。
「ベッドドンとは何じゃ?」
こうして、瑠璃はラジュの思惑通り、話を巻かれてしまった。
国立と正体不明になっている崇剛を、百年の重みを感じさせる若草色の瞳で交互に見ながら、
「とにかく、我は眠るぞ。また寝不足じゃ」
昼夜逆転している眠り姫は大きなあくびをして、旧聖堂から姿をすうっと消した。
トラップ天使と聖女が遊んでいる間に、国立は崇剛を抱きかかえて、雑木林の中を早足で歩き出していた。
子供がいなくなったのを確認して、さっきから怒りで形のいい眉をピクつかせていたシズキの鋭利なスミレ色の瞳が射殺しそうに、サファイアブルーの瞳をにらみつけた。
「貴様、ロリコンだろう。あんなクソガキを口説くとはな。あっちは八歳だ」
「おや〜? いけませんか〜?」
ラジュは正々堂々と認め、無感情、無動のカーキ色の瞳へ視線を向けた。
「カミエも瑠璃さん狙いですよ〜。私とは理由は違いますが……」
恋のトライアングルどころか、瑠璃は瞬を好きで、瞬は瑠璃が好き。両想いのふたり。そこへ天使ふたりが横入りしようとしている。複雑化している人間関係。
だったが、カミエは藁人形でも日本刀で切り捨てるように、地鳴りのように低い声で言った。
「行く」
瑠璃に構っている暇はない。守護の仕事が山積みなのだから。そうして、天使三人が消え去った旧聖堂は、魔除けのローズマリーの香りを少しだけ残しながら、いつも通り悪霊が集う夜を迎えた。




