刑事は探偵に告げる/4
平時に戻る――。
ラジュはメシア保有者――自分たちとは存在している法則の違うふたりの前に歩み出た。
「それでは、崇剛、ダルレシアン、肉体へ魂を戻しますよ〜?」
カミエがあとから近づいてくる。
「気をつけてくださいね〜。意識がある魂と正体不明の肉体には誤差が生じますよ」
やけに引っかかるような言い方を、ラジュはしてきて、崇剛の冷静な頭脳の中で、ある数値が急激に膨れ上がった。水色の瞳は一緒に戦った魔導師に一瞬向けられる。
ダルレシアンが倒れるという可能性が99.99%――
物質界のボロボロな参列席で、机の上にずっと突っ伏していた自分たちの肉体。そのそばに、ラジュとカミエが立ったのを見て取って、崇剛の茶色いロングブーツは身廊を歩きながら、
「カミエ天使、私が戻ってから、ダルレシアンの魂を戻していただけませんか?」
一緒に戻したら、魔導師が倒れるのを誰が助けることができるのだ。誰も触れることができない。怪我をする可能性があることに対処しない崇剛ではなかった。
「構わん」
「ありがとうございます」
紺の長い髪はターコイズブルーのリボンと一緒に、崇剛の華奢な肩からさらっと下へ落ちた。
自身の背中を見ている状態――幽体離脱。
ラジュの手が肉体という容器に魂が入るように、線の細い崇剛の背中をすっと前へ押した。
一瞬の記憶の飛びがあり、気がつくと体の重力が鉛のように重くなり、頬に埃のザラザラとした感触が広がった。
上体をゆっくり起こし、カミエとダルレシアンが待つ参列席へ、ロングブーツのかかとを優雅に鳴らしながら、白く濁っている大理石の上を横切き、ダルレシアンの肉体が座っている脇の身廊へ、崇剛は片膝をついて座り込んだ。
準備はできた。白い袴姿のカミエへ、冷静な水色の瞳を向ける。
「お願いします」
カミエはうなずいて見せて、ダルレシアンの肩を前へ押し、崇剛と同じように魔導師も意識がこの世へ戻ってきた。机から起き上がり、すぐそばにいるもうひとりのメシア保有者に向かって、春風が吹いたように柔らかく微笑みながら、立ち上がろうとして、
「崇剛、よかっ――」
言葉途中で、そのまま横向きに白いローブは瑠璃色の貴族服へ、糸が切れた人形みたいにくたっと倒れ込んで、崇剛は細い両腕で抱き止めた。
「っ! やはり、倒れてしまいましたね」
「肉体が気を失っただけだ。幽体離脱したこともなく、その上、戦闘したらそうなって当然だ」
カミエのそばからダルレシアンを抱き上げて、崇剛は閉じられたまぶたをじっと見つめた。
「私と同じなのですね」
決して自身が弱いのではなく、邪神界と戦うためのメシアを手にした者の宿命なのだ。
人と違う力――メシア保有者として生きてきた日々は、時には吹き荒ぶ逆風に身を硬くして、真っ向から立ち向かうこと――
「――もうすぐ、乙葉 涼介が来ますよ〜。それとも、崇剛が運びますか〜?」
物思いにふける暇もなく、ラジュのおどけた声が邪魔をした。
「崇剛には腕力がありませんからね。屋敷への途中で、ふたりで共倒れになっていただきましょうか?」
戦闘させて、気絶させた挙句、無傷の人間までも巻き添いにしようとする、ラジュの身の毛もよだつ策略が待っていた。
「なぜ、私が運ぶことになるのですか?」
崇剛はあきれた顔で、ニコニコと微笑んでいる腹黒天使を見返す。
「先ほど、直感――天啓をどなたとどなたに送られたのですか?」




