刑事は探偵に告げる/3
人差し指を斜めに持ち上げ、彼女にお茶しないみたいなポーズで止まったナールの姿を見ることは叶わないが、ダルレシアンの凛々しい眉は少しイラついてピクピクしていた。
「どうして、自分のことが疑問形なの?」
どんな話のはぐらし方かと、教祖は文句を言いたくなった。しかし、ナールは嘘をついているようでもない。本人がわからないことを、他の誰かが答えを見つけ出すことはできなかった。その状況を打開したのは、合気の達人――カミエだった。
「おそらく、正中線で直感の気の流れを受けているのかもしれん」
ダルレシアンも特殊だと言われていたが、まだ他にもこの戦場にはいたらしい。ラジュと先日密かに話して、ナールは理論派だという結論が出ているのに、直感も使うとは、崇剛は興味がそそられた。
「そちらの時は、どのような感覚になるのですか?」
「ナールが言っている通り、いつの間にか考えが変わっている」
ダルレシアンも手強かったが、天使はさらに上手だった。ひらめいたと思えば、敵も何らかの対処ができるが、本人さえも知らないのだから、これ以上の凶器は神羅万象に存在しないだろう。
ナールは身振り手振りで、軽薄的に全軍に聞こえるように説明を始める。
「こうさ、道が右と左に分かれるとするじゃん? そこを歩いてるわけ」
「うんうん」
みんなは何度もうなずき、この不思議な天使の話に、ハリケーンにでも巻き込まれたように、知らぬ間に夢中になっていた。
「俺は右に行きたいの」
「うんうん」
「でも気づくと、左の道に行ってるんだよね」
「え……?」
全員、毒気が抜かれたような顔をした。起承転結も真っ青な急展開のナールの話に。そうして、話のオチがやってくる。
「で、そっちが近道なの」
「嘘だ!」
全員が声を大にして、猛抗議した。だがしかし、ナールは首を横に振って反論する。
「嘘じゃないよ! マジマジ! いっつもそうなんだよね」
ラジュマジックも相当強烈なものだったが、運というものまでナールという柱に向かって引き込まれているみたいな、人生だった。
みんなは盛大にため息をつく。
「ミラクル風雲児――」
すいていた漆黒の髪を全て落として、ダルレシアンは可愛く小首をかしげた。
「ナールが最終兵器だったのかも?」
「そうかもしれませんね」
崇剛はそう言って、優雅に微笑んだ。
頭のいい人間はたくさんいるのに、誰一人気づいていなかった。ナールの使った力が何だったのかを。ナール自身が知らないうちに、ミラクル旋風に巻き込んでしまったのだ。
話がひと段落したところで、ラジュはまた困った顔をして、こめかみに人差し指を突き立てた。
「さらに悲報です、敵が大打撃です〜」
カミエが低い声ですかさず真っ直ぐツッコミ。
「それは、朗報だ。同じネタを使うな」
「うふふふっ」
ラジュがいつも通り意味ありげに微笑むと、さっきから黙って話を聞いていた瑠璃は今回の聖戦争について、ボソッと一言。
「真剣味に欠ける戦いじゃったの。お主ら、笑いばかり取りおって」
*
――――車は何とか丘を登りきり、ズドドドと回転のよくないエンジン音に揺すぶられ続けた三十分。振動が染みついている体をシートからズラして、さっきとは違う石畳にウェスタンブーツがざざっと落とされた。
緑青――明るく鈍い青緑色を基調にし、四角く金色で装飾された立派なドア。赤煉瓦で作られた建物の扉へ近づこうとすると、それが不意に手前へ開き、タキシードを着た初老の男が出てきた。
「おや? お久しぶりでございます」
丁寧に頭を下げられたが、訪問客は慌てている様子で口早に言う。
「崇剛は?」
「お約束でございますか?」
突然の客に不思議そうな顔をしたが、それを見返す瞳は意志が強く鋭いブルーグレーの眼光だった。
背丈は百九十七センチという長身。ガタイはよく他人の言動をある程度、仕草や態度からの威圧感で自由にできるその人は、
「早く答えやがれ」
先を促した。ここで時間をロスしている暇はない――。
それでも、タキシードを着た初老の男は気にした様子もなく、右手に広がる綺麗な花が咲き乱れる庭を指し示した。
「先ほど、乙葉が探しに行きましたが……」
執事が主人を探しに行く理由はひとつだ。やはり、バッドなフィーリングがする――
「何……!?」
相手の襟元をつかみ上げるような勢いで、目を見張る。驚いている暇もない。とにかく、あとを追いかけなければ、その気持ちに強く駆られる。
ウェスタンブーツのスパーをかちゃかちゃさせながら、赤煉瓦の建物の前を盛ダッシュで男は走り抜けていった――――




