Time of judgement/31
ふたりきりの世界――敵兵はアウトオブ眼中。俺様天使はなぜか、拳銃を一旦レッグホルスターへしまい、肩を流れるような仕草で斜めに落とし、崇剛の耳元へ形のいい唇をそっと近づけささやいた。
「こっちに向け。俺の気持ちを教えてやる」
「えぇ、私の気持ちを受け取っていただけますか?」
崇剛は神経質なあごをできるだけ上げて、シズキの唇に自分のそれを近づけようとした。
誰がどう見ても、キスをするようなシチュエーション。これから戦地で死というものを迎える最期の誓いという接吻の予感。
敵兵は戦意も削がれ、ただただ映画のラストシーンを見守るような気持ちでふたりに注目していた。
茶色と白のロングブーツがかかとを合わせたまま、お互いの上半身だけをさらにひねる。シズキの腕に右手でしがみつきそうな崇剛を、鋭利なスミレ色の瞳でじっと見つめながら、俺様天使の綺麗な右手が、相手を求めるように伸びてゆく。
そうして、シズキは崇剛のあごを人差し指と親指でつかみ、自分のほうへ少し乱暴に引き寄せた。爪先立ちになった崇剛は苦痛の声が思わずもれる。
「ぁっ……」
シズキと崇剛の唇があと一ミリで触れてしまう位置で、動きが止まった。彼らを囲んでいる敵兵はゴクリなまつばを飲む。
そこで、シズキは崇剛のあごを手荒く後ろへ放り投げた――神父の真正面へ戻した。
「っ!」
天使に投げ捨てられた崇剛は思わずうめいた。紺の髪が衝撃であたりの空気をかき乱す。
他人の顔を無遠慮に見る癖があるシズキは、吐き捨てるように言った。
「どいつもこいつも、策士の頭はいかれているな。貴様もなぜ、ラジュと同じことをする? なぜ、恋愛モノみたいな言葉を俺に聞かせる? 貴様のその左腰もフロンティアでぶち抜いてやる」
「えぇ、構いませんよ。カミエ天使と国立氏がおっしゃっていました。人生において、笑いは大切だと……」
今ここにいない自分が守護をしている国立を思い浮かべ、シズキの綺麗な顔が怒りで歪んだ。
「あのウェスタン、余計なことを崇剛に教えて。今度、厄落としで、俺の前に跪かせてやる」
敵も何とか、このおかしなラブシーンもどきから戦力を持ち直した。拳銃という飛び道具を持っているシズキを前にして、邪神界側は警戒心マックス。
だが、丸腰の崇剛はまた両腕をしっかりつかまれてしまった。シズキが瞬間移動をしても、入り込めるスペースがないほど敵は密集している。
ゴスパンク天使の白いロンクコートと瑠璃色の貴族服は、さあっと横殴りの風が吹いて煽られる。
危機は依然として去っていない――。それなのに、敵に拘束されている冷静な頭脳の持ち主は、策略家らしいツッコミを俺様天使に送った。
「攻撃の続きはよろしいのですか? 私たちは今、敵に囲まれています」
「んんっ! 話を元に戻したこと、認めてやってもいい」
気まずそうに返事をしながら、シズキはレッグホルスターからフロンティア シックス シューターをさっと抜き取った。
天使である自分までもを飲み込みそうな勢いのある敵勢。動こうにも動けないほどの密集地帯。
最後の手段としては、味方――崇剛を倒し、霊体を消滅させることで隙を作り、間合いを取って、シズキだけ生き残るという選択肢しかもうなかった。
群がる敵どもに上から思いっきり目線で、バカにしたように鼻で笑った。
「はぁっ! それで、崇剛も俺の動きも抑えたつもりか? 所詮、ゴミクズはゴミクズだな、蛆虫ほどの頭しかないとはな。何をどう勘違いしているのか知らないが、崇剛の頭ごと貴様らをぶち抜いてやる!」
銃を持ったシズキの細い腕は肩越しに、銃口を紺色をした後頭部――崇剛の頭へ向けられた。
拳銃が横向きになる形で、天使の武器は神父の頭に突きつけられる。即死に容易にたどり着く後頭部炸裂という暗示を前にした、崇剛は優雅に微笑んだ。
「シズキ天使、どうぞ私を殺してください」
「貴様の性癖はマゾだな」
シズキは引き金――トリガーを何の躊躇もなく引き、
スバーンッッッ!!!!
戦場の空にまで轟くような爆音を上げた。
しかし、銃弾は崇剛の頭をすり抜けて、敵勢にぶつかり始めた。至近距離での発砲。五十人ほとが衝撃で吹き飛ばされた。
「うわぁぁぁぁっっっ!!!!」




