Time of judgement/30
崇剛の意識が戻ってくると、すでに邪神界の者に囲まれているところだった。持っていたダガーは旧聖堂の床に転がったまま。丸腰で、助けてくれる味方は誰もいない。
(武器がない……。困りましたね)
策略家は心の中で、優雅に降参のポーズを取った。
重力十五分の一で生み出した、ダガーひと差しで上に回りのぼり、敵との衝突をさけるという策。一度見送ったとしても、敵が続いてやってくるのは、冷静な頭脳を持っていなくても、誰にでも予測がつくことだった。
崇剛の策はまだ生きている――
体のあちこちに腕が伸びてきて、消滅――二度と生まれ変われもしない死の拘束が、優雅な聖霊師にやってきてしまった。
「っ!」
ひどい力でつかまれ、崇剛は思わず唇から苦痛の吐息をもらす。もしも、自身が導き出した可能性が間違っていたら、ここで滅びるのもまた現実で、死に向かってカントダウンを始めるのだ。
魂底へ向かって、敵の手が霊体の境界線を破壊するように伸びてくる。
「それが欲しい……」
「死ねばいい……」
次々と浴びせられる言葉の暴力を、冷静という名の盾で激情という獣を押さえ込み、崇剛のクールな水色の瞳は何の感情も持たず、平静さを持っていたが、
(…………)
心の中はとうとう真っ白になった。その時、頭上から、
ズババババッ!!
聖なる光を放つ鉛色の豪雨が降り注ぎ始めた。
「うぎゃ〜!」
「うわー!」
「ぎゃあ〜!」
悲鳴の嵐を巻き起こしながら、崇剛の細い腕をつかんでいた、敵の手がどんどん減ってゆく。
導き出した――思惑通り動いた人物が助けにきたと思い、崇剛は優雅に微笑んだ。
「きてくださったみたいです」
瑠璃色の貴族服を、まるで冒すように群がっていた敵は、ドーナツ化現象を起こした。
冷静な水色の瞳で上空を見上げると、真っ逆さまに銀の長い前髪が重力に逆えず落ちて、鋭利なスミレ色の両目があらわになっていた。
白いロングコートは落下速度で下に落ちる暇がないほど、猛スピードで地面へ真っ逆さまに落ちてきているというよりは、追突するような速さだった。
このままではぶつかるというところで、不意に白いロングコートは消え、気づいた時には、崇剛と背中合わせで荒野に立っていた。
リボンが解け、紺の長い髪が女性的な雰囲気に変えてしまった線の細い崇剛の背中。
と、
同じような体格だが、背丈が三十八センチの差のゴスパンク天使。
崇剛の頭上から、超不機嫌で俺様の奥深く澄んだ男の声が響き渡った。
「貴様、そんなに死にたいのか? 殺してやってもいい、ありがたく思え」
ぴったりとくっついている背中からシズキの響きからくる振動が、伝わるのを感じながら、神父はくすりと笑った。
「可能性の導き出し方を間違っただけですよ」
どいつもこいつもあきれてものが言えない――。シズキはそう思って、バカにしたように鼻で笑い、減らず口を叩いた。
「貴様の口もラジュと一緒で嘘をつくためについているんだな」
人間の策士が考えそうなことなど、わかっている――。崇剛の神経質な横顔に、シズキが頬を寄せるように近づいた。
お互い首だけで相手に振り返り、水色とスミレ色の瞳が混じり合って、青みがかった紫になりそうなほど見つめ合った。
「そうかもしれませんね」
曖昧に返しながら、崇剛の心の内は、
(シズキ天使に殺していただきたかったのです)
神に使える天使に、人間を殺せと願う。策士の戯れ――。
きちんと聞こえているシズキは、どうしようもないほどの数の敵に囲まれたのを超不機嫌顔で見渡す。
「俺ももう囲まれている。貴様と一緒に死んでやってもいい」
(これが、貴様の望みだろう)
この愚かな人間と天使が心中してやろうというのだ。慈悲深いというものだろう。
運命をともにしてくれるという背後にいるガーディアンへ、崇剛は優雅に言葉を送る。
「えぇ、構いませんよ。あなたとなら、どこへ行こうとも。私は幸せです」
ベルダージュ荘の診療室でさっき、結婚すると言っていた話も、あながち間違いではなかったのかと思うほど、何だかいい雰囲気なっていた。
敵地の真ん中で、ラブシーンがいきなり展開され始め、邪神界は毒気を抜かれた顔で、みなただただ立ち尽くした。
(何してるんだ? このふたりは)




