Time of judgement/28
人となりを表すように、わざともたつかせて縛っている紺の長い髪を、鋭利なスミレ色の瞳で差し込むように、シズキは見た。
(快楽に溺れすぎだ、あの策士……)
味方の最後の部隊――殿が見えてきた頃、
(まずは、こちらのようにしましょう)
崇剛の優雅な笑みはいつもより深くなった。ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンを従えた腕をあごからといた時、音しか聞こえていないダルレシアンの男性的な声が響いた。
「崇剛、いい案でも見つかった?」
旧聖堂の身廊で、肉体を持つ男ふたりきりの空間で、白いローブがゆらゆらと揺れた。
「えぇ」と、崇剛は短くうなずき返すと、
「ボクにできることある?」
可愛く小首を傾げて、漆黒の長い髪がダルレシアンの肩からサラサラと落ちた。
「それでは、私がこれから指示を出しますので、従っていただけますか?」
意思を問われている。罠ではなく、意思を。魔導師であり教祖であり、策略家のダルレシアンは当然のことを言った。
「成功する可能性が高いものにだけね」
「えぇ」と、もちろんだと言うように、崇剛はうなずいて、具体的な作戦の説明へと移った。
「メシア保有者同士で一緒にいることは、負ける可能性が高くなってしまいます。ですから、二手に分かれましょう。どちらかひとり生き残ったほうが、成功するという可能性が高いです」
「OK」
即答だった。
「それでは、瞬間移動を使ってお願いします。二十秒前」
我先に迫ってくる敵を、冷静な水色の瞳に映しながらカウントダウン開始。地鳴りのようなドドッと響く足音の大群を聴きながら、ダルレシアンは、
「崇剛はどうするの?」
「私は私で対処します」
そう言って、今回の戦闘が始まってから一度も使わなかった、聖なるダガーを鞘から取り出した。
策略的な教祖は物事をよく見ていた。素知らぬ振りをして。崇剛の視線の動き、今までの指示の出し方――言い換えれば、可能性の導き出し方。それらから考えると、崇剛が欲しがっている情報は、ダルレシアンにも少々気になることではあった。
「それじゃ、瑠璃姫、抱きしめるよ」
ダルレシアンは崇剛を挟んで反対側にいた、聖女に近寄り、大きな腕で巫女服ドレスを優しく差し伸べた。
「な、急に何じゃ? なぜ、我を抱きしめるのじゃ!」
魔導師の腕の中で、少女はもがくが、漆黒の長い髪と白いローブがよれるように動くだけで、びくともしなかった。
崇剛の冷静な水色の瞳は、あと少しで、正神界の本陣を飲み込むような勢いで、突進してくる大群を見つめたままで、瑠璃に向けられることはなかった。
「瑠璃、ダルレシアンに捕まってください。あなたもともに彼と一緒に瞬間移動をして生き残ってください。十秒前」
ダルレシアンを逃して、崇剛が囮になると言い出したのだった。
戦場を吹き抜けてゆく風がやけに冷たい。紺の長い髪がそろそろと揺れるのを見つめる、百年の重みを感じさせる若草色の瞳は、珍しく焦りの色が出ていた。
「崇剛はどうするのじゃ?」
「私はこちらで囮になり、みなさんのためにこちらで消滅します」
犠牲になると言い出した、慈愛がありすぎる神父。
八歳で他界している少女には、大人たちの間で何が行われているのか知る術がなく、情報漏洩が起きるため、誰も教えられない状況。
瑠璃は言われた言葉をそのまま受け取ってしまい、悲痛な声で叫んだ。
「な、何を申しとるのじゃ!? 崇剛。何故、自ら進んで消滅するのじゃ!?」
その問いかけには答えず、千里眼の持ち主は敵勢を凝視したまま、浮かび上がってくる数字の羅列を、隣にいる魔導師へと事務的に伝える。
「ダルレシアン? 敵は前方、ほぼ一直線に並んでいます。距離にして五メートル。衝突まで、あと五秒」
振り向きもしない、顔も見せない守護する人の線の細い後ろ姿を見つめたまま、瑠璃はダルレシアンの白いローブを小さな手でしっかりとつかんだ。
「OK! 瑠璃姫、ボクと一緒に安全な場所に移るよ。しっかりつかんでて」
あんな大群にどうやって、崇剛ひとりで対処するつもりなのだ。ダガーを手にしたところで、焼け石に水だ。
三十二年の思い出が脳裏をよぎっていき、瑠璃の顔は悲しみで歪み、戦場に物悲しく、少女の悲鳴が突き刺さった。
「崇剛っっ!!」
間髪入れず、ダルレシアンの呪文が唱えられ、
「Teleportation!」
魔導師と聖女がすっと姿を消したのを確認すると、崇剛の冷静な水色の瞳はついっと細められた。




