Time of judgement/16
敵はゼイゼイと息を切らしながら、荒野の風に揺られている真っ白な法衣がはためくのをじっと見つめ、
「貴様、ただの修験者ではないな?」
「俺っちは武術好きな天使っす!」
にっこり微笑みながら、アドスは流れるような仕草で錫杖をつかみ、尖った先で今返事をした敵をひと刺した。
「ぐふっ!」
浄化されて消えてゆく仲間とアドスを交互に見ながら、敵は後退りし始めた。
笑顔で人を刺し殺す。そんな型破りな天使がここにいる。悪魔も黙り込むような武者がアドスなのだ。
「コウモリの羽がここにあるっす」
気さくで明るいアドス。体が大きくバカ力しか脳のない大食漢かと思っていたが、どうも頭もいいし、武術の腕も立つ。自然と敵は警戒せざるを得ず、アドスを囲んでしんと静まり返った。
「これは地獄行きへのお守りっす。次は誰欲しいっすか?」
アドスがそう言うと、張り詰めていた空気が一気に崩れ、敵は我先にアドスの錫杖の刃の餌食になりにきて、もれなくコウモリの羽を土産に、浄化されてゆくのだった。
*
本陣前――。
ダルレシアンの魔法の力で体を持ち上げられては、味方の上にどさっと落とされる攻撃を受けていた敵は、そうそう無闇に近づいてこなくなっていた。
音だけしか聞こえないダルレシアンは耳をすまし、聡明な瑠璃紺色の瞳はくすみ切ったステンドグラスを遠くに見ていた。
「次は俺にやらせて?」
「構いませんよ。どのようにするのですか?」
崇剛は聞き返しながらも、この教祖のデータを収集するには時間を要すると感じた。『ボク』と言っていたのに『俺』と言うのだから。法則性が導き出せない。
ダルレシアンは白いローブのポケットから、大きな手のひらで四角いものを取り出した。
「タロットカードを使う」
手のひらを顔の前に持ってきて、魔導師の凛々しい眉は難しそうに歪められる。
「ん〜〜?」カードが光をあちこちに発しながら、ふわふわと手のひらから浮かび上がり、「これだ!」人差し指で上げる仕草をすると、カードが一枚 面を向けて、頭上に飛び上がった。
「七番、戦車!」
ダルレシアンはカードをしっかりつかみ取り、聡明な瑠璃紺色の瞳いっぱいに映して、ぶつぶつと小さな声でつぶやき始める。
「ダジュリカ アジャンシー ルドルク ユラリネ カセルバ タンク!」
一瞬無音になると、あたりが真っ白な閃光に包まれた。そうして、崇剛が気がつくと、戦車が戦場に何台も横並びで現れていた。
(5857……。十七時八分五十七秒。五分後に、こちらの魔法の効力は切れます)
時間に几帳面な千里眼の持ち主は、ポケットに懐中時計をしまうと、心の内で音楽を奏で始めた。戦車が攻撃をする前触れにふさわしい曲を。
ヴェルディ レクイエム 怒りの日。
弦を弓で強く弾き捨て、激しく跳ね上がるように音が高まる楽器たち。ティンパニーがまるで、投下された爆弾のように聞こえる力強い曲調。
フォルティッシモのソプラノが幾重にも広がる。
Dies irae, dies illa/怒りの日、まさにあの日に。
Solvet saeclum in favilla/解き砕くだろう、この世を灰に。
我先に逃げようとして、邪神界軍は大混乱になった。慌てて将棋倒しになり、何の武器を使うことも、攻撃もしていないのに傷を負う人々。
大砲が大きく揺れ、ズドーンと世界の果てまで響く爆音で、ミサイルがあちこちに発射された。そこら中で爆発が起こり、悲鳴が上がる。
冷静な水色の瞳は、消滅するように消え去ってゆく魂を遠くで見つけた。
「ダルレシアン、時は止められますか?」
「止められるよ、どうして?」
「止めていただけませんか?」
「何かあったの?」
敵を見る必要のないダルレシアンは、自分の爪を眺めたまま、特に気にした様子もなく聞き返した。
真剣味の感じられない魔導師を前にして、崇剛は優雅さは含むがいつもと違って、激情をあらわにした声色ではっきりと叫んだ。
「Please stop!」




